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12:現代イタリア労働運動の組織的課題と三大労組の取り組み<2/2>

3. 組織率低下と中長期的制約
三大労組は、その発表に基づけば、合わせて約1246万の組合員数(2013年)を誇る。人口約6092万(2012年)の国では、かなり高い数値である。人口比で日本の倍以上の組織率に相当する。

ただし、イタリアも、日本を含む他の先進国と同様に、組織力低下の問題に直面している。労働組合組織率は、35.2%(2011年:現役労働者)に止まり、1990年代当初は40%近くを記録していた状況と比較すると、着実に微減傾向にある(図1参照)。

イタリア労組の組織的課題については、中長期的構造問題と近年の問題に分けて考えるのがよいだろう。まず、前者である。戦後の先進国において、当初労働組合の主力となるべき勢力は、比較的大規模な工業部門のブルーカラー労働者であった。しかし、イタリアでは、労働市場構造、現役労働者と退職者の関係、組合組織の構造から、組織的発展にとって3つの制約が存在した。

第一に、組織化が難しい中小企業の際立つ多さによって、民間産業部門を軸とした組織的発展には限界が生じた。代わって近年重要となったのは、他の先進国と同様、公務員・公共部門である。民間大企業が労働力節約型の技術革新を継続するのに対して、公務員労組の比率は高まった。第二に、イタリアでは、年金受給者の組織化に重点が置かれたために、高齢化が進んだ現在、各組織で組合員の過半数かそれに近い割合を占めるまでになった。第三に、三大労組が集権的構造を持ち、既成政党に系列化されてきたゆえに、底辺委員会COBASなど独立労組結成の動きが1980年代以降盛んになった。

したがって、三大労組にとって、産業部門の現役労働者の組織化を軸とした組織政策は、大企業が多いドイツなどと比較して量的に限界があった。内部では、現役世代の利害が、次第に年金受給世代の利害に後れを取るようになった。とくに福祉政策では、この亀裂が深刻化した。さらに、競合組織による浸食は、組織力だけでなく、労働運動の統一にとっても打撃となった。

4. 「周辺」労働者の組織化
1990年代中盤以降、第二共和制の時代になると、三大労組は新たな組織的課題に直面している。伝統的な産業労働者を軸とした組織モデルは、労働市場の構造変化によって維持しがたくなっている。代わって重要化したのは、正規雇用の男性労働者という中核労働者に対する、「周辺」労働者の組織化である。

周辺労働者として従来最も大きな問題であったのは、女性であった。ただし、現代では、女性労働者の組織化は進み、CGILでは2010年の推計値で48.5%を占めるまでに成長した。次いで、CISLではおよそ30%を占めている。何より、2010年、CGILの書記長に、三大労組指導者では初の女性として、スザンナ・カムッソが選出されたことは画期的であった。ジェンダー面の平等が達成されたわけではないが、一定の進展が見られたことは確かである。

喫緊の推進課題となっているのは、若年世代・非正規雇用・移民労働者の組織化である。第一の若年労働者について、三大労組における34歳以下の労働者は、現役世代の4分の1以下(22.9%[2010年])を占めるに過ぎない。年金受給者を含めた統計によると、三大労組内では6%から9%台に止まっている。

若者の労組離れは、近年に限った課題ではない。さらに近年の経済危機によって、若年労働者の失業率は、2000年代後半の20%台から跳ね上がり、2014年の最新値では43%を超えた。非正規雇用の比率が高い若年労働者は、経済危機の打撃を特に強く被っている。失業の慢性化は、若者の労組参加にとって大きな障害である。

三大労組は、若者の組織化について危機感を持ちながら対策を進めてきた。例えば、CISLは少年組織を設置し、早期の囲い込みを図った。他の労組も、若者への就業支援措置などを実施した。しかし、若者の組織化は依然低水準に止まる。抗議の声を上げる若者の支持は、独立労組や街頭での抗議運動、5つ星運動など抗議政党へと分散してしまっている。

第二に、非正規労働者は、労働市場の柔軟化政策によって、近年イタリアで急増している。2012年時点で正規の安定雇用を確保した人は、住民5人に1人、雇用者中53.6%に止まっている。不安定雇用(プレカリアートprecariatoとも呼ばれる)は、特に若者や女性に偏っている。

三大労組は、従来欠けてきた非正規労働者に対しても組織化を進めるため、独立した「産別」組織を結成した。CGILは、1998年、新しい労働アイデンティティーNIDILを創設した。2013年時点で約67000名の組合員を擁する組織として、労働者の均等処遇の支援など多様な活動を展開している。さらに、CGILは失業者の組織化も進めており、不安定な労働者の支援を強化してきた。ただし、全組合員の数%に過ぎない加盟者数に止まり、非正規労働者の組織化は低水準にとどまる。

第三に、移民労働者の組織化である。1990年代以降流入が急増した移民に対して、恵まれない労働  条件・生活環境の支援策を絡めた組織化を進めてきた。CGILは、全国組織の指導下で体系的研究を進めるほか、ボローニャ市などでは、中道左派系市政府と協調しながら、モルドヴァ系、ウクライナ系など移民組織と提携し、職業教育を実施している。CISLもカトリック教会では伝統的な移民支援の経験を活かした支援策を拡充している。

ただし、移民労働者の流入は政治的対立を招き易い争点であること、アラブの春以降難民流入が急加速していることから、十分対応できていない。中長期的にも移民人口比が高まるのは必至である以上、組織力維持に向けた移民組織化戦略の刷新が求められている。

上述のイタリア人労働者に比べて極めて不利な労働条件に置かれている移民の待遇改善に力を発揮できるか、三大労組に問われているだろう。

5. 終わりに
以上のように、CGIL・CISL・UILの三大労組の組織戦略は、イタリア労働市場の構造的制約や非正規雇用の増大など近年の変化を受けて、見直しを迫られてきた。いずれの対策も、今のところ中長期的な組織率の衰退を押し止めるに至っていない。

ただし、三大労組の組織戦略を「失敗」と位置付けるのは早計である。近年行われた政治行政や利益団体などを諸機関の信頼度調査では、労働組合を信頼すると回答した人は3割を超える。政党への信頼が8%程度だったことを考えれば、労働者の利益代表として、さらに近年では社会経済的課題の担い手として組合に寄せられた評価は依然高い。他国で急速に組み合い加入者が減少する中で、イタリアの三大労組が比較的高い組織率を保っているのは、組織政策の「成功」と評価できる可能性もあるだろう。

三大労組の組織問題は、労組の組織率・組織力だけでなく、労使交渉など労使関係、政党・政権との関係における影響力確保にとっても、その帰趨を左右する重要な問題であり、政策的刷新が求められているのである。

[参考資料]
• 三大労組の個別データは、それぞれのウェブサイトで公開されているデータ(2013年)に基づいている。労働運動の組織率などのデータについては、オランダ・アムステルダムのAIASが公表しているICTWSS Database(2013[) ただし2011年のデータが最新]を参照している。 


 


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