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地球儀 GMOからゲノム編集にシフトする農薬業界

(公社)国際経済労働研究所 所長 本山 美彦

 世界規模で化学業界の合従連衡が進行している。
 ドイツの医薬・農薬大手の「バイエル」(Bayer)は、「遺伝子組み換え」(GMO)種子の最大手である「モンサント」(Monsanto)を約630億ドルで買収(2018年6月完了)、しかも、モンサントが抱える賠償額のうち、米国の約12万5千人の原告に対して109億ドルを肩代わりした。よほど、モンサントのゲノム技術が欲しかったのであろう(『日本経済新聞』2020年6月25日付き)。

 「ケム・チャイナ」(ChemChina)が、「シンジェンタ」(Syngenta)の買収(430億ドル)を完了したのが、2017年5月であった(https://newspicks.com/news/1378430/body/)。

 ケム・チャイナというのは略称で、正式の名は「中国化工集団有限公司」(China National Chemical Corporation)であり、2004年に誕生した中国の国有総合化学メーカーである。

 シンジェンタは、スイスに本拠地を置く農薬業界で世界最大手である。種苗業界では、モンサント、「デュポン」(DuPont)に次ぐ世界第3位の売り上げ規模である(https://ja.wikipedia.org/wiki/ シンジェンタ)。

 2015年12月、「ダウ」(Dow)とデュポンの両社取締役会が「対等合併」(Merger of Equals)して、新会社「ダウ・デュポン」(DowDuPont)が設立された。この合併は純粋株式交換によるもので、合併時の時価総額は併せて約1300億ドルにも達した。この経営統合は両社の事業を、特殊化学品会社、素材科学会社、農業関連会社の3つの会社へ再編することを目的として行われたもので、2019年4月にまず素材科学会社がダウ(Dow)として分離、同年6月に農業関連会社「コルテバ」(Corteva)が分離、残りの特殊化学薬品分野は新生「デュポン」になり、ダウ・デュポンという会社名は消えた(https://ja.wikipedia.org/wiki/ デュポン)。

 この時期に一斉に大型合併が農薬の世界で発生したのには、3つの理由が考えられる。1つは、新薬の認可が非常に難しくなったこと。モンサントの失態は、農薬の全分野に及んだのである。多くの人に納得してもらえる新薬開発が必須のことになっていた。2つは、これまでに開発された農薬の水準が低すぎたことへの反省がある。防虫能力をもつ作物を開発したといくら喧伝していても、害虫の方が進化して喧伝されていた作物を荒らしはじめていた。人々はこのことを知るようになった。3つは、GMOからゲノム編集への早期移行の必要性である。生物の特徴や機能といった情報すべてが集まっている状態を「ゲノム」(Genome)という。ゲノム編集とは、酵素の「はさみ」を使ってゲノムを構成するDNAを切断し、遺伝子を書き換える技術のことである。従来の遺伝子組換えと比較して、安全に、そして狙った遺伝子を編集できる技術である(https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20220824.html)。しかし、それには莫大な費用がかかるし、企業は種子だけでなく、農業の上流から中流・下流といったあらゆる分野を統括しなければならなくなる。

 これら3つが集中合併の要因であろう。しかし、これも長続きはしないものと思われる。

2025.7

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