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巻頭言 釈然としない去年のノーベル平和賞

(公社)国際経済労働研究所 会長 古賀 伸明

 昨年のノーベル賞は、日本にとって明るい話題に恵まれた年だった。ノーベル生理学・医学賞に坂口志文氏、ノーベル化学賞に北川進氏が選ばれ、日本人2 人が同時に受賞するのは2015 年以来10 年ぶりである。自然科学分野では27 人目という快挙だ。
 一方で、ノーベル平和賞の行方には、どうしても割り切れない思いが残った。受賞者は、南米ベネズエラの反体制派指導者、マリア・コリナ・マチャド氏である。

 ベネズエラは1970 年代までは、石油収入を背景に経済が安定し、社会政策でも中南米有数の水準を誇っていた。民主的な選挙が定着し、軍事政権が相次いだ同地域にあっても、民主主義を維持してきた稀有な存在だった。しかし80 年代に入り、対外債務の増大と原油価格の下落で経済は低迷し、長年政権を担ってきた二大政党への不満が貧困層を中心に噴き出した。その不満が政治変革への期待となり、1999 年のチャベス政権誕生につながる。

 だが、そのチャベス政権、さらにマドゥロ政権へと続く過程で、民主主義は徐々に形骸化し、権威主義的な統治が強まっていった。現在、約800 万人もの国民が国外に流出する事態は、国家として大きな課題となっている。

 こうした中で、反政府デモを呼び掛け、民主化運動の中心に立ってきたのがマチャド氏である。20 年以上にわたり、民主主義の回復と公正な選挙を訴え続けてきた姿勢は評価されて然るべきだろう。ノーベル平和賞の授与は、反体制派の主張に国際的な正当性を与えるという意味で、確かに大きな意義を持つ。

 しかし、その受賞までの経緯やその後の展開は、平和賞の理念と重ね合わせたとき、複雑な影を落とす。マチャド氏は政権の厳しい監視下に置かれ、原則として国外脱出を禁じられていた。平和賞受賞のため、変装し10 時間以上かけて検問をすり抜け、小型ボートでカリブ海のオランダ自治領キュラソー島へ逃れ、米国を経由してノルウェーに向かったというエピソードは、独裁体制の過酷さを象徴するものだ。一方で、彼女自身が、極秘の出国作戦にトランプ政権の支援があったと明かしている点に疑問が生じる。

 受賞決定後、マチャド氏は「我々の大義を断固として支持してくれるトランプ大統領に捧げる」とSNS に投稿し、物議を醸した。本人は、トランプ政権の行動がマドゥロ体制を弱体化させたと信じていると説明したが、ノーベル平和賞と特定の大国指導者との結び付きは、強い違和感を伴う。

 実際、授賞式前後のオスロでは、マチャド氏の受賞に抗議するデモが起きた。恒例の「たいまつ行列」では、非暴力や軍縮といった平和賞の価値観に合致しないとして、ノーベル平和評議会が主催を見送る異例の事態となった。

 そして状況は、さらに深刻な局面を迎える。今年1 月3 日未明、トランプ大統領は、米国がベネズエラを攻撃し、マドゥロ大統領を拘束、国外追放したと発表した。これを受け、マチャド氏は「ベネズエラは自由になる」と声明を出したが、独立国の大統領を他国が拘束するという行為は、国際法上、極めて問題の多い行動である。

 国連のグテーレス事務総長も、米国の軍事行動が危険な前例になると強い懸念を示した。民主主義の回復を掲げる行動が、他国の軍事介入によって実現されるのであれば、それは本当に「平和」と呼べるのかという根本的な問いが突き付けられる。

 ベネズエラで起きているのは、民主的な選挙で選ばれた政治指導者が、自ら民主主義を弱めていくという、現代政治が抱える深刻な矛盾である。それは決してベネズエラだけの問題ではなく、トランプ政権下の米国を含め、世界各地で見られる現象でもある。

 だからこそ、昨年のノーベル平和賞は釈然としない。民主主義と自由の価値を訴える声に光を当てる一方で、その実現の手段が大国の力学や軍事行動と不可分であるならば、平和賞の理念そのものが揺らいでしまうからだ。

2026.2

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