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【第18回】ペンタゴンとウォルマート

はじめに

米国防総省(ペンタゴン)は、イラクの遺跡を競売することによってイラク戦費を賄おうとしている。「国民歴史博物館」(National History Museum)が破壊され、散逸していたもの(コーランの原典を含む)を再収集したり、他の個所で入手できたイラクの貴重な遺物のリストを2004年3月 に作成し、それをウェブ・サイトに流し、競売にかけようとしているのである。このリストを作成しているペンタゴンの代理人は、ジム=ボブ・ウォルトン (Jim-Bob Walton)である。つまり、世界最大の小売業、ウォルマート(Wal-Mart)の創業者一族である。戦争で遺物が多大の損傷を受け、それを修復する 出費が莫大すぎて、いくつかの財宝を競売に付して、修復費用を賄うということを彼は隠さずに話した。こともあろうに、彼は「われわれはイラク人民に自由を 与えると同時に、財宝をも自由化しなければならない」と豪語し、さらに、「イラクの資源は、イラク人のために使われるべきだ」と約束した子ブッシュ大統領 の言葉をもじって、(遺物)は「(そのままでは)資源ではない。古くから存在したがらくたと同じものであり、イラク人の誰もそれを所有することができない でいる。イラク人が豊かになれば、彼らはそれを(買い取った米国人から)買い戻すことができる」とまでウォルトンはいった。ことがあまりにも重大なので、 ウォルトンの発言をそのまま原文で書いておこう。
<We thought that we should liberate the treasures as well as the people of Iraq.>
<These aren't resources. This is old shit that nobody in Iraq can afford anyway. When they get rich, they can buy it back. > (http://www.totalthinker.com/krank/
archives/041403/Relics.htmlより)。
さらに、このリンクを辿ると以下のように記されている。「アンティーク・コムにようこそ。価格がつけられないほど貴重なイラクの遺跡の競売用の最低価格 をお教えします。2004年の共和党のパーティ費用を1万ドル以上、支払って下さった方々は、自動的にこのオークションに参加できます」。
しかも、このオークションには、国防長官(Secretary of Defense)のラムズフェルド(Rumsfeld)まで参加した。参加しただけでなく、ペイ・パー・ビュー(見るたびに料金を支払うシステム)のTV で米国民にこのオークションへの参加を呼びかけた。彼が落札したのは、最初の売出価格が300万ドルの金の皿で、これを500万ドルで落札した。このオー クションは、「自由を愛する米国人」の善意によってイラク戦費を賄うものであるとの説明が加えられている。

兵站業務の提携

ペンタゴンとウォルマートの連携は、兵站(へいたん)技術の開発にある。この点の方が上記の遺物の競売よりも大きな意味をもつ。イラクに派遣された米軍 人の多くがウォルマートで研修を受けたことに見られるように、ウォルマートの兵站技術は世界でトップクラスにある。そもそも、「ロジスティック ス」(Logistics)という言葉は、企業の物資集配業務の意味に解されているが、もともとは、読んで字のごとく、「兵站技術」という軍隊用語であっ た。軍の兵站技術を企業が採用して効率化を図ってきたのである。しかし、いまや先輩の軍の方が兵站技術を民間企業から学ぶようになったのである。
そうした民間企業の先頭を走るのが、ウォルマートである。物流戦略に革命をもたらすことによって、ウォルマートは世界最大の小売業となった。いまや、そ の戦略は、米国の軍事戦略の奥深くに食い込んでいる。ウォルマートが納入業者に強制しているICタグがそれである。
2004年3月24日付の日経BPの「IT-PRO」(http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NC/
NEWS/20040324/141874/)の記事によれば、ウォルマートが2005年1月からの無線ICタグ(RFID=Radio Frequency IDentification )の本格採用に向けて着々と準備しているが、ペンタゴンがその後押しを積極的に行っているという。ペンタゴンも、ウォルマートの期限に合わせて、2005 年1月から、調達物資の輸送効率や精度を高めるために、ペンタゴンへの納入業者に対して輸送に使うケースやパレットへのICタグの張り付けを義務付ける方 針である。それは、インスタント食品から戦闘機の部品まですべての業者に適用される。国防予算が生む巨大な購買力を背景に市場をリードし、強力にICタグ の普及を図ろうとしているのである。タイアップしているのは、ウォルマートである。米国は前回と今回のイラク戦争で、必要な物資を補給するための後方支援 活動に苦労しており、前線で食料の不足を招いたり、見当違いの場所に届いたコンテナをやむを得ず廃棄している。
同じく、日経BPの「IT-PRO」2004年4月3日付記事によれば(http://itpro.nikkeibp.
co.jp/free/ITPro/USNEWS/20040331/142211/)、米「フォレスト・リサーチ」(Forrester Research)が無線ICタグの導入費用に関する調査結果を、2004年3月30日に発表した。それによると、ウォルマートが要求しているRFID導 入を考えた場合、サプライヤーが初年度に負担する費用は、初期投資を含め約900万ドルに上ることが明らかとなった。費用の大半は、ウォルマートに納入す るサプライヤーが継続的に負担する必要がある。しかし、世界最大の小売業の後ろに、これまた世界最大の購買者であるペンタゴン(IT設備投資世界第1位、 第2位はウォルマート)が控えていて、しかも、世界に展開する米軍の戦略にとって不可欠であるとされてしまえば、ペンタゴンとウォルマートの連携開発によ る無線ICタグ技術が有無をいわせず、世界の標準になってしまうのは陽を見るよりも明らかなことである。当然、ウォルマートがその最大の担い手になる。虎 視眈々と日本上陸を狙っているウォルマートの、軍産複合体の強力な武器として、それはいずれ猛威を日本でも振るうことになるだろう。

ICタグとは

ICタグとは、超小型のIC(集積回路)チップと、無線通信用のアンテナを組み合わせた小型装置である。「リーダー/ライター」と呼ぶ無線通信装置を使って、ICチップにデータを書き込んだり、そのデータを読み取ることができる。ICチップそれぞれに固有のID 情報を記録して、すべての商品に取り付ければ、文字通り「単品管理」が可能になる。これが「損失の防止や利益の向上に役立つ」として、2002年から急速に脚光を浴びるようになったのである(『日経コンピュータ』2003年 8月11日号)。
米最大級の自転車メーカーであるパシフィック・サイクルは、2004年夏から在庫と入出荷の管理を目的として、ICタグシステムの全面導入を予定してい る。これは、ウォルマート・ストアーズの要請による。ウォルマートは、納入業者のケースやパレットにEPC(電子製品コード)対応の無線ICタグを張り付 けるよう求めたのである。
パシフィック・サイクルの無線ICタグは、1台ずつ付けられる。このため同社の製品は、個別に監視できる。また箱1個ずつにタグを張り付けているため、 倉庫従業員が箱ごとにデータがきちんと読み取られていることを確認しやすくなる。こうして、ICタグを付けることが、同業他社との競争力の1つとなってし まう。しかし、これは納入業者にかなりの追加コストが要求されることを意味する。同社だけで、年間約700万枚のタグの利用が必要となる (http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NBY/RFID/20040713/
3/)。
納入業者にICタグの張り付けを要求することを「マンデート」(義務付け)という。ウォルマートの要求は、「ウォルマート・マンデート」、ペンタゴン(DoD)のそれは、「DoDマンデート」と呼ばれる。

おわりに

ペンタゴンの兵站技術研究員のニコラス・ソーガスは、「わ れわれが動けば、あらゆる業界のサプライヤーが動く。だれかが行動するのを待つ必要はない」とまでいい切った。ペンタゴンの予算は年間4000億ドル(約 40兆円)。日本の国家予算の約5割に相当する。この巨大な購買力を武器に、商品のサプライヤーやICタグのベンダーに対して、ICタグの低価格化と標準 化を促す構えである。
ペンタゴンが、2005年1月という期限を切る性急とも思える導入スケジュールを立てている背景には、米軍の物流システムが抱える深刻な問題がある。湾 岸戦争では多くのコンテナが輸送中に紛失したり、到着が遅れたせいで不要となり、最終的に約4割が砂漠の中に放置された。今回のイラク戦争でも、バクダッ ドを前に食料不足のため砂漠で身動きできなくなった陸軍部隊が出た。ペンタゴンが狙うのは、ICタグを活用して命綱ともいえる物資の供給をスムーズにする ことである(『日経コンピュータ』2004年4月19日号(Close Up))。


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