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地球儀  シモン・ボリバルの言葉

(公社)国際経済労働研究所 所長 本山 美彦

 自分たち、米国社会こそが民主主義を体現しているので、独裁国家を打倒しようとしている反体制の活動家は、米国の指令に従うべきだというのがトランプ政権の姿勢であろう。しかし、民主主義とは、他国の干渉を拒否した上で人々の社会的成熟を基盤とする長い長い道のりの末に成立するものである。                        

 南米がスペインの植民地支配から脱却したのには、「シモン・ボリバル」(Simon Bolivar, 1783-1830)の役割が大きかった。彼の名は、いまでも国名や地名に残されている。

  「ボリビア」の国名、ベネズエラの「ボリバル州」、その州都「シウダ・ボリバル市」、カラカスの「ボリバル空港」、ベズエラ地理院であ「るシモン・ボリバル」、ベネズエラの通貨名称・「ボリバル」等々。「ウゴ・チャベス」(Hugo  Chávez, 1954- 2013)が大統領になった1999年のベネズエラの正式国名は、「ベネズエラ・ボリバル協和国」であった。

 シモンは、南米の大富豪ボリバル家の家督を継いだ。独立運動を組織するために、ボリバル家の奴隷を解放し、農園や鉱山も売却した。資財のすべては、独立運動に支出された。結果的に、シモンの財産は、死の直前にはゼロになっていた。このことによって、ボリバル家は完全に没落した。ちなみに、ボリバル家は、バスク人の血を引いている。 

 シモンは、生涯を共和主義者として通した。しかし、大統領には強い権限が与えられるべきであり、大統領の任期は終身制が望ましいという考えの持ち主であった。

 革命が持続できない脆弱なものであることを強く意識していたからである。

 米国政府は、ベネズエラの石油の民営化を強く要求し続けてきた。政府収入はほとんど石油収入から得ているが、労働者雇用面では、石油部門は1%台でしかない。

 「ニコラス・マドゥロ」(Nicolas maduro, 1962-)の独裁性を批判することはたやすい。しかし、石油のみに頼る経済体制から脱却させたいとするマドゥロが悪く、米国になびいてノーベル平和賞を授与された人が善であるという単純な二分法の愚だけは避けたい。

 参考文献として、伊藤珠代「ベネズエラ:石油レント経済の功罪」『ラテンアメリカ・レポート』Vol. 21, No. 2, 2004年 をあげておきたい。

2026.1

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