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4:小さな物語が繋がり支え合う大きな世界の労働運動(3)<4/5>

5.「小さな物語」が集う処は今どこに  

例えば労働社会学者のポール・ジョンストンにな らって、市民社会を、個々人が互いに対等な立場で 有機的な社会関係を持ち、その上で各人がそこで の合意形成に等しく参加でき、そこで決定された公 共サービスを等しく受ける、そういう権利を保障され た公共空間を持つ社会だと考えよう(Paul Johnston, "The resurgence of labor as a citizenship movement in the new labor relations environment," Critical Sociology, 26, 1/2)。この公共空間は、本 稿1(『Int'lecowk』2012年10月号)で言及した「解 放区」、即ち市民が自尊心と自立心と創造力を以 て、良い社会に生きたいと行動するための私的生活 と社会的機構の間に設けられた舞台装置とよく似 ていながらも、より現実に掲げた運動目標や齎した 運動成果により重点を置いた表現とも言えよう。ここ で問題は、市民社会は最初から全ての人々の生活 を遍く覆っている訳ではないという点だ。それ故本論 文の前提でもある平等とより良い社会に向かうべく、 全ての人々に多様な幸福追求の機会が等しくもたら される様に、市民社会を拡大進化させるためには、 先の公共空間が未形成な生活空間の存在を人々 に知らしめ、そこを市民社会化する努力へ人々を誘 う、別言すればそういう市民社会前にある生活空間 の存在を、社会の問題として人々に認識させ、そこを 公共空間化するのに必要な制度や組織を整える意 思決定とその履行の発議と実施過程に多くの人々 を参加関与させる、即ち市民社会の社会運動が日 常的に必要となる。  

実は従来こうした議論は、利益集団論或いは圧 力集団論の文脈で語られることが多かった。だがそ れらはしばしば上述の市民社会論後段の「公共 サービスを等しく受ける」「権利を保障された」という 点に関心が絞られ、前段の「個々人が互いに対等 な立場で有機的な社会関係を持ち、その上で各人 がそこでの合意形成に等しく参加出来」という「解 放区」の部分は等閑視されてきた。だが近年米国の 社会学者ロバート・パットナムが行った現代米国の 結社参加調査(その成果は『孤独なボーリング−米 国コミュニティの崩壊と再生』(2006年に柏書房か ら柴内康文訳で邦訳刊行)で、2世紀近く前に『アメ リカの民主主義』を書いたトクヴィルの議論を復活さ せたソーシャル・キャピタル論の様に、市民社会には 他者と良く生きるのに不可欠な結社生活における参 加関与が重要であり、それこそが民主主義の基盤で あると説かれることが増えて来た。  

そして日本でも2000年代後半以降「非正規労働 者問題」が顕在化し、「派遣村」等の社会運動が現 代日本の「無縁社会」状態を社会的議論の俎上に 載せ、さらに東日本大震災以降「社会的絆の再構 築」が人々の間で強く認識される一方、前世紀末の 阪神淡路大震災以来日常化した市民のボランティア 活動に、多様な関係者の間を橋渡しするコーディネー ター型の活動家が求められる様になってきた。これら の内外の市民社会における社会運動の有り様への 関心の変化増大は、今我々に新たな民主主義の構 想を求めている。それはアソシエーティブ・デモクラ シーとでも呼ぶべき考え方だ(以下から19ページ左側 中段までは、拙稿「繋がり支え合って働ける社会をめ ざして」宮本太郎責任編集『働く:雇用と社会保障 の政治学』風行社、2011年での議論に基づく)。  

この構想は、ロンドン大学の中で長年高質な労働 者教育を提供し、数多の傑出した労働研究家を輩 出して来たバーベック校で社会理論を教授していた ポール・ハースト(Paul Hirst)が、1994年に英国の Polity Pressから刊行したAssociative Democracy: New Forms of Economic and Social Governance で展開した議論に触発され、書名をそのまま拝借し た。本書はベルリンの壁崩壊後西側が東側に対す る勝利宣言を謳った正にその渦中で、両陣営に共 通であった大量生産、中央集権、行政国家の問題 が早晩行き詰まることを想定し、1980年代頃から石 油危機以降不安定化する世界経済の中で、経済 社会ガヴァナンスの方式として注目された政労使協 調を基調とする団体統合主義(コーポラティズム)の 批判的検討を目指す。それはまた、同じ頃から世界 各国で存在感を増す非営利団体の活動に着目し て代替システムの構築を検討していた一群の指導 的欧米政治、経済、社会学徒との果敢な議論の成 果である。  

彼は本書で、自身の結社民主主義構想を、近代 以来の政治、経済、社会思想並びに理論の系譜の 中に位置付け、そこに見られる結社連合論の現代 的再生による福祉国家の再編という具体的な構想 で、当時世界的に転換点にあった雇用と社会保障 の問題に新たな経済社会ガヴァナンスの青写真を示 した。そして本書刊行から10余年、日本を含め雇用 と社会保障の問題が以前に増して深刻化し、議論 の方向性が繋がり支え合って働く社会を如何に再 建するかに益々収斂して行く今日、本書の意義は増 している。  

また最近日本の文脈に引き寄せても本書の意義 は大きい。彼は最近この国でよく耳にする政治主導 や既得権益という言葉と共に展開される、労組や農 協、各種業界団体等いわゆる中間団体批判に真っ 向から挑む。即ちこれらの批判は、団体は政治に対 する人々の意思の反映を妨げると主張するが、そも そも民主主義の本義は、選挙や多数決よりむしろ治 者と被治者の間の常日頃の情報交換とそれによる 両者の合意と協力にあり、したがって自発的な自治 団体こそ経済・社会問題の民主的な解決にとって 何よりの手段だと。ここにはハースト自身が認める様 に、近代結社論の始祖の一人、フランスのプルードン やその学徒であったデュルケム、そして前編で触れ たホブズボームが言及した英国の民衆の自発的結 社の伝統とその運動文化の系譜を引くコールらが強 調した、民主主義とは働く人々の集団と公共の意思 を代表する機関との間の働き方をめぐる公正や正 義についての双方向のコミュニケーションであり、意 思決定の質のことだという、後に日本の社会学者川 喜多喬が「社交主義」【「社会・友愛・自治−社交 主義の一鉱脈」『現代思想』1978年5月号】と名付 けた考え方がある。   

勿論ハーストは既存の結社や団体の有り様を諸 手を挙げて肯定してはいない。問題は民主的なガ ヴァナンスに寄与出来る様、団体とりわけ既成組織 における構成員の参加関与の質を如何に向上して 行くか、働き方やそれと不可分な生き方をめぐる公 正や正義を政策として実現する議論で、当該政策 領域の対象でありながら既成団体に所属していな いために、従来その声が中々届けられにくかった 人々に効果的な発言機会を如何に与えるかだ。この 問題は今日日本の団体の有り様を巡る論点と大い に重なる。つまり本稿の文脈で言えば市民社会の 社会運動として、「小さな物語が繋がり支え合う大き な世界の労働運動」をこれまで述べて来たその伝 統を生かしながら、如何に現代に再生するかだ。  

確かに企業別組合を束ねる連合は、止まらぬ組 織率の低下と社会的影響力の減退に苛まれ、漸く 自らの代表性の危機を組織として認めた。「組合が 変わる、社会を変える」(第9回大会、2005年)、「全 ての労働者のための労働運動」(第10回大会、 2007年)等近年の変化する大会スローガンの語調 はそれを示す。問題は組合という特定構成員の共 助共益組織と活動を開いて、繋がり支え合って働く 社会という公助公益組織の形成との間でどう相乗 効果をもたらしてゆくかだ。  この求められる変化に向けては既に胎動がある。 例えば団体の有り様とその行方をフランスと米国で 見つめ続けてきた労働法学者の水町勇一郎とその 仲間達が、関係労使や他分野の研究者も交えて連 合のシンクタンクである連合総研と編んだ『労働法 改革』だ。多様化する働き方とその新たなルール作り という繋がり支え合って働く社会を形成するのに喫 緊な課題に対して、社会的公正と経済的効率を両 立させつつ、労使対話の新たな基盤づくりを模索し たグランドデザインの書だ。この中で労働関係ネット ワークにおける仲介者についての提起がある。ここで 仲介者とは、  

職場内部で自主的に形成されていく問題解決プロセス と、これを促していく一般的な法規範」の「橋渡しをする専 門家」のこと。というのも、単に企業の自主的な取り組みに 委ねるだけでは、改革に向けたインセンティヴが十分にはた らかず公的な規範意識が欠落することになりかねない。逆 に法的な義務づけだけで、企業が自主的な対応をとること に至らなければ、それぞれの企業の多様で複雑な問題状 況に応じた文脈的な対応・改革を進めていくことができな いからである。そこでこの法規範と企業実務とを橋渡しし、 情報の提供・流通、問題の発見・分析、そして問題解決 のサポートをする専門的な仲介者の存在が重要になる。こ のような役割を担いうる存在としては人事労務管理コンサ ルタント、産業心理コンサルタント、弁護士、非営利調査・ 研究団体、労働組合・従業員組織、保険会社などが挙げ られている。これらの非政府組織や職業的ネットワークが担 う役割は、①実効的で説明責任を果たしうるシステムを機 能させていくために必要な能力と組織を構築すること② 事例の情報を広く収集し、それを批判的に評価していくこ と③実効的な規範をつくり出していくこと④この前向きで 内省的な調査・研究を支える実例のコミュニティを構築し ていくこと【水町勇一郎 (2010) 「労働法改革の基本理 念―歴史的・理論的視点から」水町勇一郎・連合総研編 『労働法改革―参加による公正・効率社会の実現』日本 経済新聞出版社、39ページ】

とある。従来労使関係に携わる研究者や実践家、と りわけ労組は、これは自分達の仕事だと思ってい た。だが近年の女性や非正規労働者の問題をはじ め、企業内外で多様な働き方や生き方を望む或い は迫られる人々に労組の手が回らず、多くの働く 人々が困った時の相談を組合以外に持ち込む様に なって久しい。もっともこの仲介者の役割は世話役 と称して元々労組が得意とした分野だ。それこそここ で何度か紹介した戦前から戦後にかけて職場と地 域を股に掛けて存在したコーディネート型現場活動 家網の。だがそれが力を弱めると、会社の人事だけ でなく企業外の専門家と協力して問題解決に当た ることに不慣れになっていく。では水町達の提言を 活かすにはどうしたらいいか。


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