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【第16回】反英米枢軸の浮上

はじめに

米 ブッシュによるイラク侵攻は、ビン・ラディンやサダム・フセインの打倒を名目に、そのじつ、中東・中央アジアからドイツ、フランス、ロシア、中国の 影響力を排除することにあったのではないかという推測が米国のジャーナリズムで日を追って増えてきている。
事実、ドイツとフランスは、1999年以降、「ヨーロッパ宇宙・防衛協力」(The European Aerospace and Defence Corporation=EADC)協定を結んだ。ロシアもこの協定に参加することに同意した。これは、英米間の「大西洋ブリッジ」(Atlantic Bridge)に対抗して結ばれた協定である。「大西洋ブリッジ」によって、英国と米国は、軍需産業・諜報活動の協力関係を強化していて、すでに、英国の 宇宙産業は完全に米国の5大軍需企業の傘下に入っている。この2つの対抗軸が世界を引き裂く可能性を高くしている。
中東の石油に関しても同様の対抗軸が形成されつつある。ここでも、英米系メジャーとフランス・メジャーが対立している。英米の石油メジャーは、BPアモ コ(BP-Amoco、ウォルホビッツ米国防副長官がコンサルタント)、シェブロン・テキサコ(Chevron-Texaco)、エクソン・モービル (Exxon-Mobil)、シェル(Shell)であり、それに対抗するヨーロッパ大陸側の企業は、フランスが支配権をもつトタル・フィナ・エルフ (Total-Fina-Elf=TFE)である。『ワシントン・ポスト』によれば、TFEは、イラン国境にあるマジノン(Majnoon)油田開発でイ ラクと契約を交わしていた。この油田の埋蔵量は300億バレルあると言われていた。ロシアもまた400億ドルで、イラク西部の砂漠における油田探査を引き 受けていた(Washington Post, September 15, 2002)。TFEはイランとの契約を拡大していた。こうしたTFEの活動に、英米の企業は焦燥感を強めていた。TFEの取引は、イラン・リビア禁輸措置 (The Iran-Libya Sanctions Act)違反ではないかと米政府が抗議したことから見ても、米国のフランスへの怯えにはかなり深刻なものがあった。英米軍によるイラク侵攻前には、フラン ス、ロシア、中国が、イラクと原油取引契約をしていたのに、英米の4大石油会社は、このイラクとイランに足掛かりをもっていなかったのである。
そして、イラクはユーロ建ての石油取引を推進させようとした。英米はもはやこれを見過ごすことはできなかったのである。

英米軍事枢軸と仏独露連合との対抗

英米の軍事的な枢軸が形成されたのは、1999年のユーゴスラビア戦争が契機であった。枢軸形成の立役者は、米国側からは、当時の米国防長官(U.S. Defence Secretary)のウィリアム・コーヘン(William Cohen)、英国側からはゲフ・フーン(Geoff Hoon)であった。両者によって署名された「防衛装置・産業協力原則宣言」(Declaration of Principles for Defence Equipment and Industrial Cooperation)には、兵力、軍事機密の保護などで両国が協力関係に入ることが謳われたのである。内容的には両国の軍事産業の提携・合併の促進で あった(Reuters, February 5, 2000)。英国との軍事協定において、米国がヨーロッパへの影響力を拡大し、英国もまた米国の軍事産業の支援で自国の軍事戦略の効果を高めようとしたの である。事実、調印が行われたのは、英国のブリティッシュ・エアロスペース・システムズ(The British Aerospace Systems=BAES)が、マーコニー社(GEC Marconi)との提携を実現した直後であった。すでに、BAESは米国の巨大軍事産業であるロッキード・マーチン(Lockheed Martin)、ボーイング(Boeing)との関係を緊密にしていた(Muradian[1999])。米国CIAと英国MI5の関係強化も図られるよ うになった。つまり、「防衛装置・産業協力原則宣言」は、台頭するフランス・ドイツ軍事コングロマリットを駆逐し、米系軍事企業の支配的力を維持・強化す ることを目的としていたのである(注1)。
フランスとドイツは、両国の軍事企業の共同育成関係に入った。1990年代初めより、ドイツ政府は、ダイムラー(Daimler)、ジーメンス (Siemens)、クルップ(Krupp)などの大軍事企業が国境を越えた企業併合によって巨大化することを支援するようになっていた (Collon[1998], p. 156)。1996年にはフランスとドイツは武器装備充実のための共同機関の樹立計画と、その機関には英国を参加させないことで合意した ("American Monsters, European Minnows: Defence Companies," The Economist, 13 January, 1996)。米国のロッキード・マーチン(Lockheed-Martin)に対抗してエアバス(Airbus)開発事業でフランスとドイツはいまなお共 同行動を取っている。この事業では英国のBAESが20%の株式を保有しているが、実権はフランスとドイツが握っている。1999年末、英国エアロスペー ス(British Aerospace)がロッキード・マーチンと提携するや否や、フランスのエアロスペース・マルタ(Aerospace-Matra)とダイムラーの子会 社、ドイチェ・エアロスペース(Deutsche Aerospace =DASA)が合併した。
合併会社はさらに翌年にスペインのコンストルチオネス・アエロナウチカス(Construcciones Aeronauticas SA)を吸収し、ヨーロッパ最大の宇宙防衛企業、ユーロピアン・エアロノーティック・ディフェンス&スペース社(the European Aeronautic Defence and Space Co.=EADS)となった。こうして、旧東欧諸国を含めた新NATO加盟諸国への兵器供給において、大陸ヨーロッパ連合と英米枢軸とがつばぜり合いを演 じているのである(注2)

(注1)BAESは、「大西洋のブリッジ」協定によって、子会社のBAEシステムズ・ノースアメリカ(BAE Systems North America)を通じて、米国内でも自由に活動できるようになった。
(注2)EADCに参加したことによって、公式には核兵器をもたないはずのドイツが、フランスの核戦略に事実上荷担することになった。フランス海軍用の M51という核弾道ミサイルをはじめ、数種類の弾道ミサイルを同社が製造しているからである(Defence Daily International, 29, 2001)。

ドルとユーロ

バルカン諸国とバルト3国は自国通貨をユーロにリンクさせている。中央アジア諸国は自国通貨をドルにリンクしている。後者は、「シルクロード戦 略」(Silk Road Strategy=SRS)と名付けられる通貨外交の対象になっている。現地通貨に代わってドルを流通させようとしているのである。GUUAM諸国とは、 グルジア(Georgia)、ウズベキスタン(Uzbekistan)、ウクライナ(Ukraine)、アゼルバイジャン(Azerbaijan)、モル ドバ(Moldova)の5か国によって、ソ連崩壊後に結成された非公式グループであるが、米軍との軍事的提携を強化しており、ウクライナを除いてドル圏 に組み込まれている。
歴史的には、19世紀末、英国とドイツはバルカン半島の分割で合意し、ドイツは、クロアチア(Croatia)、ボスニア(Bosnia)、コソボ (Kosovo)の支配権を得た。当然、これら諸国は、マルク圏であった。ソ連からの離脱後はユーロ圏に組み込まれている。しかし、軍事的にはコソボのボ ンドスティール(Bondsteel)基地の存在に象徴されるように、これら諸国は米軍の支配下にあるという奇妙なねじれを見せている。
こうした環境下で、ロシアは、兵器開発面でフランス・ドイツ連合に接近している。
2000年には、ドイツの国防大臣のルドルフ・シャーピング(Rudolph Sharping)がモスクワを訪問し、33件の軍事協力に合意した。これはNATOの枠外での合意であり、米国との事前の相談はなされなかった。ロシア は、1998年、インドとの長期にわたる軍事協力に調印した。その2、3か月前にはフランスがインドと軍事協定を結んでいたのである。フランスは、軍事技 術の供与とフランスの軍事企業をインドで展開させる許可をインドから得た。その中には核搭載弾道ミサイル生産技術供与も含まれているのである。
フランス・インド間の協調は、米国の中央・南アジアにおける戦略に深刻な棘となる。米国がパキスタンに軍事的援助をしている一方で、フランスとロシアが インドを支援するような構図になってしまったのである。米軍がパキスタンの軍事基地を使用してアフガニスタンの空爆に踏み切ったとき、フランス海軍とイン ド海軍はアラビア海で合同軍事演習というデモンストレーションを行った。インドは、9・11直後、ロシアから大量の兵器供与を受けている。

引用文献

Collon, Michel[1998], Poker Menteur, Editions EPO.
Muradian, Vago[1999], "Pentagon Sees Bridge to Europe", Defence Daily, Vol. 204, No. 40, Dec.1.


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