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【第12回】「ウォルマート化」について

OECD(経済協力開発機構)のガイドラインの1つに、2000年に改訂された「多国籍企業行動指針」がある。大規模な国際的合併が行われるようになった ことが改訂の論拠とされ、そこでは、とくに、多国籍企業による巨大な商業活動に最大の関心が注がれた。実際、商業部門における多国籍企業の巨大化には瞠目 すべきものがある。

UNIとウォルマート

UNIという商業、通信、メディア産業の従業員組織からなる世界的な労働組合のネットワークがある。この組織は、巨大企業の国際的な吸収・合併 (M&A)が相次ぐようになって、危機感を深める各労働組合がそれに対応すべく設立した国際的な連合組織である。2001年9月に開催された第1 回UNI世界大会では、OECDのガイドラインの実施促進を謳った後、そのガイドラインに対立する組織として、世界最大の多国籍企業のウォルマートが名指 しで非難された。
ウォルマートは想像を絶するほどの巨大さである。2003年時点で、同社の従業員総数は140万人である。その従業員数はGMの3倍も多い。米国で最大 の従業員を擁し、米国の20州においても最大の雇用者を抱える。ディスカウント小売業の50%のシェアを持ち、年間売上高は2,500万ドルであった。売 上高だけで判断すれば、同社は世界最大の企業である。国の規模をGDP、企業の規模を年間売上高で取り、国も企業も同列経済単位として序列化すれば、ウォ ルマートは世界で第19位の経済単位である。
全米の紙オムツの売上の32%、整髪用品30%、歯磨剤26%、ペット・フーズ20%、毛糸13%、ハリウッドが提供する映画のCD、DVDの20%が 同社の店頭で捌かれている。洗剤メーカーの「ダイアル」の製品の28%、「クロロックス」の製品の23%、デルモンテの食品の24%、化粧品の「レブロ ン」製品の23%がウォルマートでの販売に頼っている。
2003年時点で、ウォルマートは、10カ国に進出し、海外店舗数は1,300である。メキシコとカナダでは最大の小売業である。

反ウォルマート

しかし、ウォルマートは、従業員に労働組合を結成されることを極度に恐れていることで有名である。米国に「米国食品・商業労働者連合」(UFCW)とい う労働組合がある。ウォルマートの従業員の組織化を狙っているこの組合連合と、ウォルマートは真正面から対立している。UFCWによれば、ウォルマート従 業員の賃金は他のスーパーの従業員の賃金よりも30%も低いという。
2002年2月、テキサス州ジャクソンビル店の精肉部門の精肉スライス職人たちがUFCWの第540支部として組合を結成しようとした。これに対して、 会社側は精肉スライス部門を突然廃止し、職人たちを解雇して、パックに入ったスライス肉を外部に発注するという行動に出た。もちろん、組合の結成を阻止す るための措置であった。しかも、同社経営陣は幹部研修会で「これが組合潰しの究極の方法である」と誇らしげに語ったという。従業員たちは、ただちに会社を 相手取って訴訟を起こした。それから3年以上も経った2003年6月24日にやっと判決が出た。会社側の全面的敗北であった。
ウォルマートの悪質な労働条件は、他の競争相手の企業の労働者の労働条件をも押し下げる圧力となり、世界各地でストライキの嵐を呼び込んでいる。南カリ フォルニアの3つの食品スーパー(ラルフス、アルバーソンズ、ボンズ)で働く約7万人が2003年10月11日からストライキに入った。争点は医療保険制 度の改悪である。会社側はこれまで支給してきた医療保険分担費を半減させたいと組合側に提示したのである。理由は、ウォルマートのような組合を持たないで 労働コストを削減できる企業と競争するには医療費の削減で対応するしかないというものであった。3社の従業員が属する組合はUFCWであった。UFCWに 所属する組合員の97%がこれを拒否してストライキを決行したのである。米国労働総同盟産業別組合会議(AFLCIO)がこのストライキの全面支援に乗 り出した。ストの長期化にともない、ナショナル・センターがスト参加者に特別緊急援助を行うことが2003年10月30日に決定された。また、UFCWは 上記3社を相手取り現行の医療費補助を維持するようにロサンゼルスの連邦地裁に訴訟を起こした。
このストライキを報じた「ネイション」(Nation) 誌は、売上が伸び、収益も増加しているのに、労働条件を悪化させる提案を3社が堂々としたという事態は、米国の「ウォルマート化 (Walmartization) である。つまり、全米の企業がウォルマートにならって労働条件を切り下げるようになる」と指摘している。
同社の従業員の70万人が健康保険に加入していない。退職者の35%は退職金をもらわなかった。何千人もの従業員が無償残業に関する訴訟を起こしている。同社従業員の70%は女性であるが、年間50万人以上が退職させられている。
事実、『ニューヨーク・タイムズ』(2002年6月25日付)は、ニューヨーク州に展開しているウォルマートの多くの従業員が無償の時間外長時間労働を強制されていると報じた。同様のことが全米28州で生じているという。
ウォルマートが進出したカンサス州サリーナ市のウォルマート店のあるレジ係(正社員)の時間給は、6.25ドルという低さ(約680円)である。このレ ジ係は週40時間労働で、月間176時間勤務し、社会保険と医療保険を控除した月収は1,016ドルである(約11万円、ちなみに、米国では所得税は源泉 徴収ではない)。この人は、4歳と12歳の子供を抱えるシングル・マザーである。この家族が1カ月間で最低限必要とする生活必需品を購入するには 1,136ドルが要る。つまり、月間、120ドルの赤字家計となる。こうした低賃金の貧困者には、カンサス州による児童補助金が支給されることになってい る。この家族には月間22ドルが支給されるが、それでも、月間98ドルが不足する。ウォルマートは従業員が必要とする日用品のすべてを販売しているが、肝 心の従業員は、支給された賃金では、自分の生活に必要な自社の商品を購入できないのである。

自治体の嫌悪

ドイツに進出したウォルマートはこの地域の労働協約の締結に頑として応じなかった。つまり、産業別の協約を締結している使用者団体への加入を拒んだのであ る。ドイツの産業別組合であるVER.DI(統一サービス労働組合)の指導下でドイツのウォルマート従業員は2002年7月26日と27日の2日間ストラ イキを決行した。そのときに撒かれたアジ・ビラには、「世界最大の小売業者といえども、ドイツでは産業別協約を法的に拘束力があるものとして承認しなけれ ば、ドイツには安住の地はないということをウォルマートが知るまで、VER.DIは闘い続ける」と書かれていた。
2003年時点で、米国の200を超える自治体が、ウォルマートの進出を阻止する法律を制定している。2003年6月、カリフォルニア州サンディエゴ郡 は、ウォルマートの店舗拡張を禁止した。ウォルマートが拡張すれば同郡の財政負担が増えるというのである。廃業に追い込まれる競合スーパーの廃業に伴う失 業者が失う賃金総額とウォルマートが新規に雇用する賃金総額を比較して、年間約1億ドルの賃金分が減少し、同郡の税収入も減少する。さらに2億ドル分の福 利厚生の損失が発生し、郡が支出する医療負担費も年間900万ドル増加する。これは、全米最大の雇用者を擁しながら、ウォルマートは従業員の医療保険に冷 淡で、多くの従業員は同社の医療保険に加入していないからである。つまり、ウォルマートの従業員は、郡の医療保険制度に加入するであろう。それによる郡の 支出増は不可避であるというのである。こうしたことが、同郡が打ち出した同店舗拡張禁止の論拠とされた。
ちなみに、米国は先進諸国の中では国民皆保険制度のない珍しい国である。医療保険に入っていない国民は4,100万人もいて、毎日3,000人以上が医 療保険を失っている。その意味でも、ウォルマートが医療保険に冷淡であることは、同社が展開する自治体に取っては致命的なものになってしまう。さらに、 UFCWの推計によれば、2008年までに全米の小売食品市場の50%はウォルマートが支配する。これだけの巨大企業で労働組合が組織されないとすれば、 米国の労働者のナショナルセンターにとっては大変なことになってしまう。UFCWだけでなく、AFLCIOがウォルマートを最大の標的にするのも無理も ないことであろう。


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