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9:スウェーデンの労働運動ーその実績と試練<2/2>

3.労働運動をめぐる環境の変化

近年、スウェーデンの労働運動を取り巻く状況は、 国内外の要因が絡み合い、ますます厳しいものと なっている。まず、2000年代の半ば以降、国内の権力バランスが右派優位に傾いていることが挙げられ る。2006年に発足した保守中道連立政権は二期目に入っているが、その中心をなす保守党(穏健連合党)は、2003年の執行部交代を機に、減税と社会保障削減を求める新自由主義的主張を和らげ、福祉国家の成果を認めた上で、教育や医療への競争原理の導入や若年層への就労支援強化を通じ、その再編における主導権を握ろうとするようになった。 そして2004年以降、「新しい保守党=新しい労働者政党」とのスローガンを掲げて労働者層の中でも支持を広げ始めた。

そのような保守党を中心とした右派勢力は、2006 年選挙で3期ぶりの政権獲得を果たすと、2010年の選挙でも勝利して今日に至っている。労働運動にとって深刻なのは、同政権が2006年から07年にかけて、失業保険手当の引き下げと支給期間の短縮 を断行するとともに、組合費への税控除制度を廃止したことである。それによって組合脱退者が続出し、LOは2007年の1年間で組合員の7%を失った。労働組合全体の組織率も、国際的に見ればいまなお 高水準にあるが、過去10年で10%ほど落ち込み、約 70%となっている。

またスウェーデンでは、第二次世界大戦以前から、 「就労主義」とよばれる考え方が定着している。そこには元来、就労を通じて社会に参加するという権利 の側面と、それによって社会に貢献すべきだという 義務の側面があったが、近年の右派政権は、後者を 強調する形でその徹底化を主張しており、労組や社民党との間での見解の対立が顕在化している。それが反映された2010年選挙では、雇用問題が主要争点の一つとなり、選挙戦も、「労働条件の自由化や 格差拡大を認めてでも雇用機会の拡大をはかるべ き」だとする保守党・経営者団体と、「労働条件を守 り、移民層を含めて社会的な連帯を維持しながら、環境保護関連の事業をも含めて雇用創出をはかるべき」だとする社民党・労組との対抗を軸に展開さ れたが、結果的に国民の多数派は前者を選び、右派優位の政治情勢が改めて明らかになった。

さらには、ヨーロッパ統合の影響も大きい。商品市場だけでなく労働市場や社会政策の面での統合も進む中で、スウェーデンを含む北欧諸国では一般的 に、労働者の権利や福祉の水準が低位平準化に 向かうことへの懸念が広がっているが、実際にEU 基準が国内のルールに優先されたことで注目されたのが、いわゆるラヴァル事件である。すなわち、2004 年にラトビア企業のラヴァル社がスウェーデン国内の公共事業に参加した際に、ラトビアの賃金水準で労働者を派遣したため、労使協約によって賃金その他 の条件を定めて労働市場を律してきたスウェーデンの慣行との間で対立が生じた。E Uの保障する営業の自由と、国内労使協約の効力の関係が争点で あったが、欧州裁判所は07年にラヴァル社の主張を 認める判決を出した。これに対し、LOは、国内では他国企業の労働者であっても同一の労働条件に服すべきことを明確にするよう法改正を求めているが、 欧州統合の動きは、労働市場の流動化だけでなく、 労使関係を規制する枠組みについても、調整のしくみを複雑化させ、労働運動の影響力を奪う方向に作用しているのである。

4.新たな局面へ

2006年選挙後に社民党党首となったM.サリーン は、雇用最重視路線を打ち出して2010年選挙に臨んだが、再び右派に敗れて辞任し、後を継いだ H.ユーホルトも、議員宿泊費の不正受給発覚を機に 1年足らずで党首の座から降りた。社民党のこうした状況は、労働運動にとっての組織基盤の動揺を意 味していたが、そこから新たな展開も生まれた。ユー ホルト辞任の緊急事態にあって、後任には金属労組の現職議長S .レヴェーンが選ばれたからである。 彼は幼くして両親と別れ、溶接工から労働運動の指導者にまでなった苦労人で、06年以降、LO内で 第2の規模の支部をまとめ上げてきた力量に期待が 集まった。

L Oと社民党との緊密な関係についてはすでに 述べたが、社民党の国民政党志向もあって、第二 次大戦後は労組に近い人物が頂点に立つことは一 度もなかった。その中で主要労組の議長が直接党 首に転じるという異例の人事であったが、組合側から見れば、党との関係をいっそう強化しながら厳しい 環境への対応をはかることが可能になったともいえ る。

その後、社民党が2014年選挙での政権奪還を目 指す一方で、LOの側でも新たな活動方針が示され た。2008年からの国際経済危機の際に設置されて いた調査プロジェクトが、今年になってその最終レ ポートを出したのである。そこでは、不安定化する労働市場の中で個々の労働者への対応圧力が強まっ ている現状が指摘された上で、特に就労を通じた自 立と社会参加を支援していくことが強調され、包括 的な社会保障、労使当事者間交渉の重視、就労主義から成るスウェーデンモデルの現代的な再構築が必要とされている。LOは、外国企業との競争にさら される経営者にとっても、労使関係を良好に保ち、 労働力の質を確保するには、当事者交渉モデルを 再強化するとともに、EUに対して国内での政策展開の余地を確保していくことが有効だと主張する。とはいえ、経営者側には労働市場の柔軟化を求める傾向も強く、LOが掲げる諸目標を実現するためにも 政権交代によるマクロな権力関係の変更が必要になる。今後LOが、労組出身のレヴェーン率いる社民党との新たな協力体制を通じてそれらの課題にどこまで取り組めるのか、注目されるところである。

〔参考文献等〕

1990年代までの労働運動の動向については、 丸尾直美・塩野谷祐一編『先進諸国の社会保障 ⑤スウェーデン』(東京大学出版会、1999年)の 「第5章 労使関係と労働組合(下平好博)」に 紹介があるほか、その戦略や政策的影響力につ いては、宮本太郎著『福祉国家という戦略―ス ウェーデンモデルの政治経済学』(法律文化社、 1999年)で検討されている。

他方、最近の動向を 扱った邦語文献は少ないため、ここでは主に Anders L. Johansson och Lars Magnusson, LO: 1900-talet och ett nytt millennium (Atlas, 2012) お よびLOの報告書Vingarnas trygghet i en modern och hållbar arbetslinje: Den svenska modellen på 2010-talet(2013)を参照した。


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