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17:イギリスの労働運動ー新自由主義改革と労働組合<2/2>

3. サッチャー改革と労働組合

民営化や規制緩和などの新自由主義改革を進めたサッチャー保守党政権では、「不満の冬」に見られたような大規模なストライキを防止するために、一連の労働組合立法を通じて組合の影響力を弱体化させる改革が実施された。たとえば、他の組合による労働争議を支援するための同情ストの禁止、事前のスト権投票や組合執行部の投票による選出の義務化などの改革が、次々と導入されていったのである。それまで労使関係の基本となってきた「ヴォランタリズム」の慣行は、サッチャー政権による組合活動に対する法的規制の強化を通じて大きな変化を強いられることになった。

1984年から1985年にかけて、炭鉱の大幅な合理化案に反対する全国炭鉱組合による大規模なストライキが行われたが、強硬な対決姿勢を鮮明にしたサッチャー政権の前にストライキは組合側の全面的な敗北に終わることになった。この炭鉱ストライキの敗北をきっかけとして、イギリスの労働運動は下り坂を迎えることになる。これ以降、イギリスではストライキの数および規模が急激に縮小する一方、労働組合の組合員数は1980年代初頭に約1,300万人(組織率約55%)のピークに達してからは、減少の一途をたどることになったのである。ちなみに、2013年時点でのイギリスの組合員数は、約650万人(組織率約25%)とピーク時から半減している。なお、全国組織であるTUCに加盟する組合の組合員数は約550万人となっている。

保守党に代わって政権についたブレアの労働党、いわゆる「ニュー・レイバー」は、先述のように組合の影響力を削減する党組織改革を実施していたが、そのような組合と距離をおく姿勢は政策面でも見られた。すなわち、保守党政権下で導入された労働組合立法について、労働市場の柔軟化を進めてイギリスの国際競争力を高めるうえで不可欠であるとして、それを廃止もしくは修正する動きは見られなかったのである。また、1970年代の「社会契約」が体現するような政府と組合の間でのコーポラティズム的枠組についても冷淡な態度が顕著であり、労働党政権の下で労働組合の政治的影響力が拡大する気配はなかった。その結果、一部の組合では労働党政権に対する批判を公言する急進派が指導権を握る事態も発生することになった。

4. 労働組合の模索

保守党から労働党への政権交代にもかかわらず、労働組合立法については基本的な継続が見られたわけだが、ブレア労働党政権下では個々の労働者の権利を守る改革が実施されている。たとえば、低賃金労働の問題に対処するために、イギリスで初めて全国一律の最低賃金が導入されることになった。また、出産・育児休暇の充実や不当解雇時の補償額の引き上げなども実現している。さらに、保守党政権時には参加が見送られたEUの共通社会政策への参加も、労働時間規制などについての留保付きではあったが、ブレア政権によって実現することになった。

このように必ずしも組合寄りとは言い難い「ニュー・レイバー」政権が、労働者の権利を拡大する改革に乗り出した背景には、TUCの穏健派指導部を中心としてブレア首相や労働党閣僚との対話のチャンネルを維持する努力があった。たしかに、労働党政権下で労働組合の政治的影響力は目立って拡大したわけではないが、政策情報の提供などの地道な努力を重ねることによって、労働者の権利向上に一定の貢献をしたようである。

ちなみに、イギリスの労働運動はヨーロッパ統合に対して当初、否定的な態度をとってきた。イギリスがEUの前身のECに加盟を果たした際には、ヨーロッパの市場統合は労働者の利益にならないとして、加盟の是非を問う国民投票では多くの組合が加盟反対の立場を明確にしていた。しかしながら、1980年代後半に入って、EUにおいて市場統合とともに共通社会政策を推進する動きが見られると、イギリスの労働運動は親ヨーロッパ的態度をとるようになった。その後、ユーロ危機に伴う緊縮政策の実施もあって、イギリスの労働運動の中でEUに対する期待はかつてほどではないが、欧州労働組合連合(ETUC)や、あるいはEUの経済社会評議会などを通じて、ヨーロッパ・レヴェルでの社会政策に影響を与えることにより、イギリス国内の社会政策へのフィード・バックを求める努力が重ねられている。

新自由主義改革の影響もあって、ここ30年ほどで組合員数を半減させたイギリスの労働組合は、衰退の問題に対して組合の合併を通じて対応しようとしてきた。イギリスでは戦後1,000を超える組合が存在していたが、その数は合併により現在では200を切るまでに減少している。そして、現在の労働組合の大きな特徴は、合併によって誕生した2つの巨大組合、すなわち民間部門労働者中心のUNITEと公共部門労働者中心のUNISONが、イギリスの全労働組合員の40%以上、TUC加盟労働組合員のほぼ半数を組織していることである。ただし、合併を通じた組合の巨大化が組合員の減少傾向に歯止めをかけたわけではなく、また大きくなりすぎた組合の執行部に対する末端の不満が増大しているという見方もあるので、合併は一概に成功とは言い難いようである。

おわりに

2010年総選挙で労働党に代わって保守党と自由民主党の連立政権が誕生したが、保守自民連立政権の追求する緊縮政策によって公共部門のリストラが進行した結果、イギリスの労働運動はさらに厳しい状況に見舞われている。現在、イギリスの労働組合に組織されている組合員については、その6割が公共部門に雇用されているが、組合の主要な基盤となっている公共部門の縮小が続くことは組合組織の縮小に直結しているとすることができる。

そして、2015年5月の総選挙で保守党単独過半数政権が成立した。以前の保守自民連立政権においては、自由民主党が新自由主義改革の進展に対して一定の抑止力となってきたが、そのタガが外れることによりそれまで以上に容赦ない改革が俎上に載る可能性がある。たとえば、保守党は総選挙の公約で、スト権確立のために投票総数の過半数の賛成だけでなく、全組合員の40%以上がストライキに賛成することを必要とする労働組合立法を打ち出すなど、組合の無力化に向けた改革が予定されているのである。イギリスの労働運動は1980年代から90年代にかけての「冬の時代」を再び経験することになりそうである。

参考文献

梅川正美・阪野智一・力久昌幸編著『現代イギリス政治』第二版、成文堂、2014年。
Gary Daniels and John McIlroy eds., Trade Unions
in a Neoliberal World: British Trade Unions under
New Labour (London: Routledge, 2009).


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