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18:世界の労働運動-総括と展望<4/4>

民主化とグローバル化のなかでの労働運動の建設
 
 長らく開発独裁、もしくは国家コーポラティズム体制下にあって、世界史的には民主的資本主体制が崩壊するなかで民主化を経験した国々では、官制労働運動から自立的労働組合への移行という共通の課題に取り組んでいる。本シリーズでは、このような事例として、東アジアから韓国と台湾、中南米からメキシコとブラジルを取り上げた。

 グローバル化は労働や雇用の柔軟化を要請するので、そのなかで自立的な労働運動を確立することには大きな困難が伴う。邱毓斌「台湾の労働運動――歴史と課題」をみれば、台湾では、国家コーポラティズムの伝統が強く、自立的な労働組合は萌芽的に生まれているとはいえ、その勢力は弱く、デモクラシーを担う主体となりえていない。台湾では、労働運動と補完的関係にあるような社会運動の台頭もまだみられないようである。
 
 畑惠子「メキシコの労働運動――組織再編と労働法改正」によれば、メキシコにおいても、国家コーポラティズム崩壊によって官制組合主義から自立的労働運動への移行がみられるが、北米自由貿易圏のなかで政府によって推進されている経済自由化、労働市場の柔軟化に対して労働組合が歯止めをかけるほどの力はなく、社会的な支持を獲得するにも至っていない。
 
 ブラジルもまたおなじような問題を抱えていることは、近田亮平「ブラジルの労働運動――歴史的変遷と現状」の分析に明らかである。ただ近田によると、ブラジルにおいては2003年から労働者党が政権にあり、南米最大、世界でも5番目の規模を誇る労働者統一本部がその支持基盤の一つとなっているため、労働運動の政治への影響力は、上記二つの国と比べると、かなり強い。また労働者党を支持する社会運動団体と労働者統一本部との間で共闘がみられるなど、社会運動ユニオニズムへの発展もみられる。
 
 新興デモクラシーのなかで、やはり労働組合組織率は低いものの、自立的労働運動の形成という点で注目される動きを示しているのは、韓国である。安周永「韓国労働組合による組織転換の現状とその課題」によれば、韓国の労働運動は、きわめて日本と近い構造をもっていた。すなわち企業別組合主体であり、労組から正規雇用者以外はほとんど排除されていた。しかし1996年労働法改正反対闘争に敗北した後、民主労総は企業別労働組合の限界を感じ、産業別労働組合への転換を推進してきた。
 
 産別化とともに、市民運動や福祉運動との間にネットワークを形成することによって、韓国の労働運動は、労働組合組織率が低いにもかかわらず、社会的に広く認知されることに成功しており、しばしば日本よりもはるかに効果的に政策への影響力を行使している。ただし、安によれば、政党レベルで労働組合の政策要求を実現するだけの勢力がなく、韓国労組はアジェンダ設定に影響力を行使できても、政策決定への影響力はなお弱いといえる。
 
むすび
 
 労働運動の活性化は、デモクラシーの復権にとって必要不可欠である。そして労働運動の活性化のために必要なのは、労働運動が多様な社会的集団に対して開かれ、そのことによってその存在と役割が広く社会的に認知される必要がある。
 
 このような観点からすれば、強い労働運動の伝統をもつ国が必ずしも安泰とはいえない。過去の遺産に縛られる結果、社会的要請の変化に適応しづらくなる可能性もあるからである。フレクシキュリティ戦略が比較的成功しているオランダやフランスをみると、オランダでは深刻な経済危機に直面して労働組合が大転換を遂げ、フランスではそもそも労働組合は活動家集団であり、機動力に富み、社会的にその存在を広く認められた存在であり、大きな動員力を誇っている。

 他方、アメリカやカナダ、韓国のように弱い労働運 動しかもたない国では、労働運動が他の社会的勢力 と連帯することは死活問題であり、社会運動ユニオ ニズムの選択はある意味では自然な成り行きといえ る。とはいっても、台湾、メキシコなどのように、グローバル化のなかでそもそも自立的労働運動の形成に 成功していないケースもあり、弱い労働運動が必然 的に社会運動ユニオニズムへと到るわけでは、もちろんない。

 各国の文脈はまちまちであり、そこから一つの結論 を導き出すことはできないが、21世紀労働運動の鍵 を握るのが、社会運動ユニオニズムであることは確 認できたように思う。社会は確かに多様化し、労働組 合が社会を一元的に代表することはできない。しかし 今日猛威を振るう資本に対して人々の生活を守る要 となるのが労働組合であることもまた、否定しようのな いことである。労働運動が多様な利害や価値を無理 に一つの物語に押し込めるのではなく、無数の小さ な物語が出会い、交響する場を提供するならば、言 い換えれば、労働運動が様々な社会運動の結節点となるならば、私たちは資本主義の民主的コントロールを再び語る地平にたどり着くことができる。
 
参照文献
新川敏光(2014)『福祉国家変革の理路』ミネルヴァ書房。
ピケティ,トマ(2014)『21世紀の資本』(山形浩生・守岡桜・森本正史訳)みすず書房。
Fukuyama, Francis(1993) The End of Historyand the Last Man. New York: Avon Books.
Streeck, Wolfgang(2014) Buying Time: TheDelayed Crisis of Democratic Capitalism. London:Verso.


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