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7.【中国】中国の労働者にとって労働組合とは何か

塚本 隆敏(中京大学総合政策学部 教授)

中国の企業で、労働組合に関する調査をしている と、われわれ日本人が理解に苦しむことが多々ある。その代表的なことが、第1に、組合員の資格問題である。 この組合員の資格問題とは、組合員誰でもが、簡単 に取得できることである。それは企業の管理職でも、さ らには、社長でも労働組合の組合員になることができ るのである。当然、日本では「不当労働行為」で禁止さ れているが、中国では堂々と社長でも、「私も労働組 合の組合員です」と言われたとき、私はこれは何だ、と いう声を出したことがある。つまり、管理者層も非管理 者層も、基準がないことが、現在の中国における労働 組合の第1の特徴である。

第2に、中国の労働組合は企業に属していることも あり、一般的に、企業の中の特別な行政機構のようで ある。確かに、労働組合の活動の一貫として、つね日 頃、春のピクニックを組織したり、日用品を配分したり (食料品・タバコ・酒など)、避妊用品(一人っ子政策 を推進するために)や映画のチケットを配ったり、ときど き退職者の誕生日に記念品を贈ったりなどしている が、労働組合の委員長は企業側の指導者の一員で もあり、基本的に、企業側の立場に立ち(リストラの推 進役などもしている)、給料も企業から受け取るだけで なく、企業によれば、「副工場長」の行政的な肩書き を持っている(私も労働組合の委員長のヒアリングをし た際、名刺を2枚貰ったが、1枚は委員長、もう1枚は 経営陣の一角である部長であった)。

このような労働組合とは一体何だろうか。当然、中 国の「労働組合法」には、労働者の合法的な権利を 守ることが第1の役割・使命である、と明記されている。 たが、現実の状況をみると、そうした労働組合の委員 長は、企業から賃金を受け取っており、その人が労働 者の代表として、経営者・企業者側と交渉しているのである。この光景は茶番だと笑っておれないが、中国 では現実の姿であるというのが、第2の特徴である。

第3に、労働組合の機能を向上させるため、最近、話題になっているのが、労働組合の「独立性」の問題 がある。従来、中国の労働組合の委員長(末端の各 企業であるが)は、大半が企業に任命され(ごく少数、 委員長を直接選挙しているところもあるが)、企業から賃金が支払われている。それが今後労働組合の委員長は企業から給料を受け取らず、上部組織から受け取るようにするというのである。このことは労働組合が企業から独立していなかったという従来の問題を解決できたようにみえる。しかし、この上部組織とは、中国 では一般的に「行政機関」に当たるため、実は、労働組合の委員長にとって、雇い主を変えただけである、 と言われている。これは労働組合が企業から「独立」 をしたとは言えず、本当の独立は自由がなければ、実現できないものである。つまり、中国の労働組合の委員長は上部組織によって賃金が支払われ、管理されており、自由でなく、現在の中国の労働組合は独立した労働組合になっていないというのが、第3の特徴で ある(多くの労働組合員は全然労働組合を評価せず、笑っているだけである)。

第4に、労働組合の具体的な仕事は現在、何があるか。確かに、組合費の徴収(大半の企業の労働者 は組合費を払っていないこともあり、その実態を知らない人々が多い)、冷暖房費の支給や労働者の誕生祝 い金の支払いなどの他、文書整理くらいで、委員長の権限は、一切持っていないというのが現実である。例えば、残業問題で企業側と交渉することは一切ないのである。つまり、労働組合の委員長が、中国では何の権限もないというのが、第4の特徴である。

そして、第5に、2010年初旬から、日本でも報道さ れたが(日系企業で、ストライキがあったからであるが、 実は、中国企業のストライキ件数は10数倍に上る)、 南部一帯(全国に波及)の輸出加工企業は連日大規模なストライキに突入していた。その際、ストライキに参加したのは、すべて農民工(非正規労働者)であっ た。企業の正規の労働者はストライキに参加せず、 傍観していた。それは正規労働者には、「ストライキ権」 が禁止されていたからである。つまり、第5の特徴は 中国の労働組合には、ストライキ権がないことである。

以上、まだかなり多くの問題があることを念頭に、 現在、中国の労働組合はまだまだ計画経済システム から市場経済システムへの転換に移行していないとみれば、上記の5つの特徴は旧システムの残滓を克服できていないと、ある面理解できる。ただ、そうした 移行過程にあっても、2010年初旬に起こった大規模 なストライキで、中国の労働組合は、多くの面で改革を行う必要性に直面させられた。現在、「労働組合法」の修正すべき問題として、1)企業に労働組合がない場合、とくに、地方などで、労働者が直接に組合加入できるようにする(個人加盟を考えているように みえる)。2)労働組合の幹部に、独立性を求め、選任 (職業)化させる(日本では専従化といっている)。3)労働組合が独自の資金を確保する。4)横断的な産業間労働組合を設立する(日本でいえば、全国的な織として、基幹労連や私鉄総連などのようなことで あろう)。5)外国人に対し、労働組合の組合員を認め る。6)労働契約の解除に対し、労働組合が監督の役割を強化する。7)労働組合に対する民主的な管理権(委員長の直接選挙権など)を強化する。8)労働組合の独立性として、訴訟権を保持する。そして、 9)労働組合は、ストライキ権の権利を確立する、など、 今日いろいろと議論されている。

上記の問題を検討している中国の労働組合は、新旧システムの混在の下、矛盾をもった存在でもあり、最 近の市場経済システムに対応すべく、新たな労働組合のあり方を模索している段階ではないかと思われ る。このような段階の下で、今後の中国における労働組合の運動にとって、一つの試金石になると思われるのが「労働協約制度」ではないか。以下、この10年間の活動・総括的な状況を紹介してみよう。

現在、労働協約の状況をみてみると、1)任務の目標は多いが、労働者自らの要求が少ない。2)労働協約の条項は形式的なものが多く、実質的なものが少な い。3)労働協約の内容は、法律法規から抄録されたものが多く、「企業と労働組合との話し合い(団体交渉)」の結果を反映するものが少ない。4)労働協約の 締結を知る人は多いが、団体交渉が行われたことを知る人が少ない。5)労働協約は効力が発生したものは多いが、労働者全体に公表されたものが少ない。こ うした5つの労働協約は、その実、形骸化しており、つまり、有名無実化とも呼ばれている。

ところで、何故、中国はこのように労働協約が形骸化しているのか。その原因と考えられる事象を、2点ほ ど紹介しておこう。

第1点:法律が先行し、それに沿って、運営が実施 されている
多くの先進国では、運動があって(労使双方が自 覚的に交渉しながら)、それを点検し、法律を制定する のが、各国の一般的な成立状況であった。しかし中国 はまず立法が先行し、それに沿った運営をすることもあ り、すべてが上から下へ、つまり、上意下達の方式で 運営されている。例えば、「労働法」が公布・施行され る下で、団体交渉・労働協約の制度は主として上か ら下への方式で進められた。それと同時に、労働協約 の直接管理部門として、労働部門が労働協約の審 査や記録を中心とする労働協約の管理制度を確立 したのである。確かに、この方式は優れた点として、指 導の統一性や責任目標の明確化につながり、短期間 で、中国の労働協約は多くの企業や地域の事業体な どに波及した。しかし、この上から下への方式は、欠点 もある。そのうち、最も大きな問題は、一斉に立ち上が り、形式的になってしまうことであった。例えば、労働協約に関する文書の書式化やお互いのまね(何やら、 昨今の学生の就活におけるエントリーシートのように、 成功体験のコピーで、みな同じ内容であるといったこ と)である。この大きな欠点は、主に上部組織からの目標・任務に対応するだけで、労働者の多くの人たち自 身の要求によるものがないという点である。

第2点:政府の労使関係における理念が、その役割 に直接影響を与えている
先進国の労働協約制度の確立には、労使の矛盾 対立の運営・過程で、まず労使交渉・労働協約の運動があり、その後、政府が立法を制定する。とくに、制度の確立後、政府は労使間の団体交渉に対して、基本的に関与せず、主に関係の立法と政策を通して、 間接的に影響を与えている。中国はこのやり方と異なり、団体交渉や労働協約の制度の普及過程で、政府の労働行政部門は当初から直接介入するのである。 政府の立法後、関連の行政規則が相次いで公布さ れ、その後、労働部門が先頭に立って労働協約を試行し、そして、団体交渉・労働協約の経験のない労使双方に、労働協約の手本を示し、政府と労働組合、 企業家団体との3者が連署し、協同で公文書を発布 するという方式でやっているのが、今日の中国における労働協約制度である。つまり、この制度はすべて政府が直接大きな影響を与えている。したがって、この2点からいえることは、労働組合が全然何も関与していないことである。

こうした労働協約制度も、労働組合の5つの特徴を 前提になされ、基本的に、中国の労働組合は自主的 な独立性を堅持していないことが、結局、労働者の権 利保護につながらない現状を生んでいる。

 『Int'lecowk―国際経済労働研究』 2011年8月号(通巻1012号)掲載 

 


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