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【2006年10月号】急転換はじめた北東アジア―大国復活に向かうロシアと中・日諸関係―

この7 月、14年ぶりにロシアに出かけた。ソ連崩壊直後3年続けて定点観測的に実地調査に出かけたが、エリツィン体制が一応の安定に至った後は、さまざまな情報 も入るので訪れなかった。その後、プーチン体制は、市場経済化を積極的にすすめるとともに、エリツィン時代にマフィア経済を主導してきたオリガルヒ(寡頭 財閥)を強権的に支配下におさめ、その結果、00年にはそのリーダーだったベレゾフスキー・グシンスキーらは亡命し、03年には石油寡占ユコスのCEOホ ドルコフスキーを脱税容疑で逮捕し、民営巨大企業の多くを国営企業に再編するなど、国営オリガルヒ体制が強化されている。石油・エネルギー・アルミ・チタ ンなど巨大企業が政府の支配下に置かれ、その過程で1バレル70ドルという石油高騰時代を迎えた。かつて、90年代後半には400億ドルあった対外債務は 解消され、ロシアはいま、かつてない消費ブームの渦中にあり、その中で7月ペテルブルグG8が開催された。89年体制―ソ連崩壊後の低迷期から脱して、ロ シアは新たな段階―大国路線の復活への道を歩みはじめたかに見える。もとより従来の米ロ関係を転換する意志はないが、アメリカの投資先・輸出先として優位 になり、かつ大国としての地位を求めつつある。

今回の訪ロの目的は、この転換期にあるロシアをこの目で確かめたいということである。特にこの転換の中身として、ロシアの対中・対日路線、そして北東ア ジアにおけるパフォーマンスはどうなのか、である。旧ソ連傘下の中央アジア諸国を含めて中東までが中国のイニシアによる上海協力機構に参加し、ロシアはそ れに誘われて加盟し、武器商売に連動して中ソ軍事大演習が行われ、片や黒龍江省など中国東北部からはエネルギッシュな大量の華商が国境を越えてシベリアに 商品販売に流入して定住者も増え、国境地帯には局地経済圏が形成された。人口は、ハバロフスク中心に極東ロシア1000万人弱に対して隣接する中国―黒竜 江省4000万人、東北全体で1億人に達する。エネルギッシュな華人がどっとロシア領に流入すれば、ロシア人を上回るのにそんなに時間がかからない。既に 過去数世紀にわたって中国・朝鮮人がここに大量に流入し定着している。かつて文革期にフルシチョフのソ連を社会帝国主義と規定した毛沢東は、「もともと沿 海州は中国領だった」と宣言した。プーチンの内心にはこの不安がある。北朝鮮テポドン問題で中ロは提携したかのようだが、テポドンは何の予告もなく集中し てウラジオストック沖に落ち、市民はこれをデモで抗議した。急成長・拡大する中国、かつてと異なってその後塵を拝するロシアは、今やオイルマネーで大国復 活の条件を整えつつある。それらのパワーポリティックスが極東情勢を転換しつつある。日本に対しては、領土問題を含めてコワモテのプーチンだが、ロシアの 幹部内部では、日本との新たな提携の模索を求める声なしとはしない。そして、やがてポスト・プーチン時代を迎える。北東アジアもまた、89年体制から新た な転換期―05年体制ともいうべき段階に入った。少しの変化も見逃せない渦中にある。(伴)


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