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【2006年9月号】小泉政治をどう評価するか―新時代の劇場政治を拓く―

戦後61 年目の8月15日を迎えた。今年は、小泉内閣の交代と新リーダーの誕生前夜というだけでなく、小泉首相の靖国詣での可能性という政治イベントを含めてマス コミが騒がしかったが、まさしく小泉劇場は演出家のシナリオ通りに寸分の誤差もなく進行した。小泉劇場は、圧倒的な国民的人気と党内支持の下に発足し、サ プライズの連続であったが、その一つとして安倍晋三を官房副長官から幹事長に抜擢し、予定通りの自民党の派閥解体と無党派層の選挙参加をすすめ、看板に掲 げた改革政策を軌道に乗せ、任期の延長やポストへの執着などの可能性をうわさする輩を尻目に、このルーキーを圧倒的な支持の下に見事に後継者に仕立て、公 約通り8月15日靖国詣でを果たし、シナリオに定めた通り定刻に花道を引き上げて幕が引かれようとしている。まことに見事という他はない。「男の美学ここ に極まれり」の感がある。

真似したくても出来もせぬ政治屋は、手足の上げ下ろしや政策の結果にケチをつけたがるが、彼らが小泉に対抗して改革をすすめたかといえば、国民の目から 見て単なるジェラシーか負け犬の遠吠えに過ぎず、同時に単なる非難に終始した評論屋やメディアは影を薄めた。

今までも指摘したように、小泉改革がすべてうまく行っているわけではなく、残された問題も多いし、政策のずれもある。道路も郵政も年金も、残された問題 は多いが、改革とは、多数派の利権に囲まれたアンシャンレジームの解体にまず手をつけるかどうかが第1の問題である。それをやれるかやれないか。利権者と 無能者ほど、ケチをつけたがるものである。「格差社会」などという言葉も、バブル崩壊による長期停滞から景気回復へという過程は格差拡大過程になるのは当 然なので、それをどう克服するかという政策の提起もなしに格差非難をしても事態は解決しない。政治家や評論家の多くが、「ぶら下がり」になっていることが 問題であろう。現状維持者が改革を批判したがるのは当然である。

外交についても、小泉政治は拉致問題・対米外交・安全保障など新たな領域に踏み込んだ。靖国問題は、永年の対中追随外交の克服にかかわる問題で、水面下の駆け引きが続き、中国も建前と本音を使い分けていることは明らかである。

このように見るとき、小泉政治を今総括するのは時期尚早かもしれない。しかし、この30年余、すべての内閣は、汚職と内紛で崩壊している。「有言実行」 という政治の要諦に関する限り、小泉政治は自民党政治にとって新しい時代を切り拓いたことは明らかである。(伴)


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