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【第9回】イラク攻撃の大義をめぐる疑惑

はじめに

英下院外交委員会が、6月の議会で、情報を誇張して英国をイラク攻撃に不正に追いやったのではないかと、公聴会を開いてブレア首相を追求している。7月 中には報告書が出される予定であり、その内容如何では、ブレア首相は崖っぷちに立たされかねないことになってきた。6月11日に党首討論会で「イラクが大 量破壊兵器(WMD)を保有していると断言した小泉首相の根拠はなにか」との共産党の志位委員長の質問に対して、「フセイン大統領が見つかっていないか ら、フセイン大統領が存在していなかったと言えますか」と絶叫した小泉首相を糾弾しようともしないわが日本の議会とは格の差があることを見せつけた英国議 会の公聴会である。

情報誇張疑惑

英国では情報機関の情報が首相に伝えられる前に、JIC(統合情報委員会)という組織が情報の信憑性を調査することになっている。英国をイラク攻撃に踏 み切らせた英政府の報告書『イラク大量破壊兵器、英政府の評価』の中に「45分以内にイラクは生物化学兵器を使用することができる」という大量破壊兵器 (WMD)がいまにも発射されそうな緊迫感を強調した個所がある。BBCのアンドリュー・ギリガン記者は、この報告書が政府によって誇張されたものだと公 聴会で証言した。メディア担当のアリスター・キャンベル首相補佐官が、JICに6回も書き直しを要求してこの文言を挿入させたのだというのである。確か に、最初の情報には「45分」という語句はあった。しかし、JICがその信憑性を疑って削除しようとしたところ、キャンベル補佐官が挿入を命じたというの である。
イラク攻撃直前の2月14日、英政府はイラクがWMDを保有している上に、テロリストを支援しているという報告書を発表し、翌15日にはパウエル米国務 長官が国連安保理でその報告書を絶賛した。しかし、その報告書はある大学院生の論文を無断引用したものであること、しかも、原文の「反体制派を支援してい る」という文言が「テロリスト集団を支援している」と改ざんされたと当の大学院生が公聴会で証言した。
イラク攻撃に抗議して、攻撃直前の3月17日にブレア内閣の外務大臣職を辞任したロビン・クックはブレア政権が情報の真偽を吟味するのではなく、決定した政策を有利にするために意図的に情報を採用していたと同委員会の公聴会で証言した。
イラク攻撃開始直後にブレア内閣国際開発大臣を辞任したクレア・ショートは、ブレア首相がブッシュ大統領の圧力に負けて、国連安保理の支持が2003年 2月までに得られなければ英米のみでイラク攻撃するという密約があり、トルコの基地使用が暗礁に乗り上げたので攻撃が一月ずれたこと、戦争開始の合意が閣 僚全員の間で取れていたわけではなかったことを証言した。
日本のNHKテレビは2003年6月25日(水)午後7時半放送の「クローズアップ現代」の番組「“脅威”は作られたのか問われるブレア政権」で、ブレア政権が政権発足後6年間で最大の危機に瀕していると報じた。

「大義」はどこに?

一体、大義はどこに行ってしまったのだろうか。2003年6月18日(水)には、米のAC130攻撃機がイラクとシリアの国境地帯で3台の車列を空爆し た。フセイン元大統領の車であると断定されたためである。しかし、それがフセインであったことの証拠はまだ出されていない。民間人だったらどうするのか。 日本のジャーナリズムは批判の声を上げていない。最初に報道したのは、今回も英国の日曜紙『オブザーバー』であり、米紙『ワシントン・ポスト』の電子版と 『ニューヨーク・タイムズ』も6月23日(月)にこの事件を報じた。
また2002年12月、英米は「イラクの核開発の証拠」となるニジェール政府の公式文書なるものを国連に提出していた。イラクがニジェールからウランを 500トン輸入しようとしたことを示しているという触れ込みであった。しかし、国際原子力機関(IAEA)は、この文書が偽物であると指摘した。大統領の 署名は偽造されたものであり、調印した外相の名前もすでに89年に退任した元外相のものであった。『ワシントン・ポスト』は、「米中央情報局」(CIA) がそれを偽造であることを知っていたと報道した。
米国のジャーナリスト、セイモア・ハーシュは、雑誌『ニューヨーカー』で、この偽造文書を作ったのは英国の諜報機関「MI6」だった可能性があると指摘 している。ハーシュによると、MI6は1997年ごろからイラクの大量破壊兵器に関して偽の文書を作り、嘘の証拠をでっち上げて英米などマスコミに流した という(http://tanakanews.com/d0408mi6.htm)。
ブッシュ大統領は、2002年9月、『欺瞞と反抗の10年』という文書を国連演説用に配布した。それはCIAの報告書と「米国防情報局」(DIA)の報 告書に基づくものであったが、これも元の報告書に既述されていた事実を隠蔽したものであった。オリジナルな報告書の方は、『USニューズ・アンド・ワール ド・リポート』が最近になって暴露するまでは人々の眼に触れることはなかった。CIA報告の方は、イラクの故フセイン・カメル中将による「湾岸戦争前には 生物化学兵器を製造していたが、結局使用されず、湾岸戦争後(91年)すべて廃棄された」との証言を紹介していたのに、ブッシュの演説用文書では、それを ねつ造して、「現在も製造している」とされていた。
DIA報告の方も、「致死性の高い神経ガスなどの製造能力は失われており、ほとんど致死性のないマスタードガスの製造能力だけは残っているかもしれな い」とあったのに、そうした米にとって不都合な情報は隠蔽された。『毎日新聞』は、同紙が入手した「国連大量破壊兵器廃棄特別委員会」(UNSCOM)が 保有する1995年のカメル証言録には、「生物化学兵器の存在が否定されていた」と報じた(2003年6月20日(金))。

情報操作の闇

偽情報を使って強硬姿勢をとるというやり方が、イラク攻撃の特徴であった。イラク攻撃中の2003年3月28日、ラムズフェルド米国防長官は、CIAか らの情報に基づき「シリアがイラクに暗視ゴーグルなど軍事転用が可能な物資を輸出したことが判明した。これは米国に対する敵対行為である」とシリアを厳し く非難した。ラムズフェルドは、シリアと並んでイランもアメリカに敵対していると非難した。パウエル米国務長官も、イスラエル系の在米政治圧力団体「米イ スラエル公共問題委員会」(AIPAC)の総会での講演で、シリアとイランを非難した。「シリアは、イスラエルを狙うテロリストや、滅びつつあるフセイン 政権を今後も支持する道を選ぶのか、それとも別なもっと希望がある道を選ぶのか」、「選択如何によっては、シリアは重大な結末を甘受せざるを得なくなる」 と語った。しかし、暗視ゴーグルなど軍事転用が可能な物資は、シリアからだけでなく、ヨルダンやトルコなど「米国の同盟国」とされている国々からもイラク に密輸されている(http://tanakanews.com/d0408mi6.htm)。
表向き、国外からイラクに軍事転用可能な物資を輸入することは国連によって禁止されているが、1996年頃から、その禁止を無視するかたちでの密輸が横 行し、米国も国連も、その密輸に気づきながら、これまでまったく問題にしてこなかった。それまでは、米国は、周辺国からイラクへの密輸をまったく禁止しな かったのだから、いまになって「シリアからイラクに軍事転用可能な物資が送られていた」と非難するのは、言いがかりにすぎない (http://tanakanews.com/d0408mi6.htm)。結局は、イラク攻撃終結後の「ロードマップ」(パレスティナ和平への道)を スムーズに進行させるための、米国の恫喝であったと考えるべきだろう。

「情報の共有」とはなにか

2000年10月、アーミテージ米国務副長官は対日政策提言書(いわゆるアーミテージ報告)において、わざわざ1章を割いて「日米間の情報協力」を強調し た。それまでは米国は情報を日本には知らせず、つねに隠密外交であった。ここにきて急に「情報の共有化」を言い出したのである。しかし、ロシアが、「イラ クにはWMDはない」という独自の情報によってイラク攻撃を拒否したのに比べ、米国がそこまで踏み込んで情報を開示したのかと感激する日本の外交感覚とは 何なのだろうか。

※本稿は田中宇氏の分析を参考にした。ここに記して謝意を表したい。


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