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【第8回】ニューヨーク・ヤンキースに見る放送メディアのいま

日本テレビとヤンキース

『サンケイスポーツ』(2002年11月4日付)紙面に、「ゴジラを死守せよ!日本テレビ・氏家斉一郎会長」という見出しの記事が載った。松井秀喜がメ ジャーに挑戦したいとの意向を表明したのは、2002年11月1日のことであった。その直後に放送界の重鎮から「松井の放映権を是が非でもゲットせよ!」 との号令が出されたという。その記事は日本一となった巨人の優勝パレード(2002年11月4日、東京大手町から銀座まで)に関する華やかな記事に埋もれ たために、まったく注目されなかったが、これは非常に重要な意味をもつ記事であった。
同紙によれば、氏家会長が注目するのは、松井の放映権獲得方法である。松井を全面的にバックアップすることで、契約事項にメジャー各チームの地元ケーブ ルTV局がもつローカル放映権の分け前を得ようというのである。「放映権については、向こう(米国)はちょっと複雑だからな。その辺がどうなっているの か、至急、調べるように(同局幹部に)いってあるんだ」と同氏は語ったという。
大リーグの放映権は、地上波分については、2003年までの5年間はNHK、TBS、フジテレビが所有しており、月ごとにもち回りで放送している。とこ ろが、日本テレビは、日本では最大の視聴率を誇る巨人が主催する試合の放映権をもっているが、それを上回るであろう大リーグの放映権はなく、他局に完全な 後れをとっている。このハンディキャップを松井のメジャー入りで覆そうと氏家は意図したのである。同会長が、「(大リーグ放映権は)コミッショナーが一括 して管理する分とフランチャイズのある地元ケーブルテレビ(CATV)がもつという2つのやり方がある」と語ったように、松井の移籍先チームが所有する ケーブルテレビ局と放映権契約を結ぶ「抜け道」を模索しようというのである。
そうした抜け道を確保するには、日本テレビと業務提携しているヤンキースは、氏家にとって渡りに船である。ヤンキース戦中継を独占するケーブルテレビ局 「YES」(Yankees Entertainment & Sports)は2003年シーズン以降、ニューヨークで巨人戦の中継を検討中であり、これとバーターして日本テレビがヤンキースの中継権を得ようという 目算である。わざわざ日本の巨人戦を見ようとするニューヨーク市民は少ないはずなので(ただし、ニューヨーク在住の邦人は約6万人いる)、このバーター は、日本側がニューヨーク・ヤンキースの放映権を獲得する方策のまさに「抜け道」である。つまり、松井のヤンキース入りは松井の意志にかかわらず、既定の 方針であったのである。
ここで、単に松井秀喜のヤンキース入りの裏話を紹介するのが私の本意ではない。欧米で相次ぐ巨大メディア(テレビ放送会社)の倒産の軌道に日本のメディ アも踏み出したことに読者の注意を喚起したかったのである。現在の日本では、米国式企業統治がもてはやされているが、実態は、アッという間に巨大化し、 アッという間に消え去るという米国式統治を無目的に日本企業は受け入れるべきではない。ところが、米国企業がたどってきた瞬時の巨大化と瞬時の破綻といっ た危険な道を、日本企業は踏襲し始めているのである。この点の警告を発するのが本稿の目的である。

ヤンキースの経営戦略

ニューヨーク・ヤンキースの親会社は、ヤンキーネッツ社である。これは、MLB(メジャーリーグ野球)チームのヤンキースとNBA(全米プロバスケット リーグ)チームのネッツが1999年に合併して誕生した持株会社である。この会社は、NHL(全米プロアイスホッケーリーグ)チームのニュージャージー・ デビルズも傘下に収め、2001年12月には、NFL(全米プロアメリカンフットボールリーグ)チームのジャイアンツとマーケティング部門で提携した上 で、これら4大プロスポーツの放映権を一括管理するYESを2000年に設立して、放送業界を震撼させた。
これまでは、放送局が球団を買収してきた。ABC局の親会社のウォルト・ディズニー社がエンゼルスを、ルパート・マードック(Rupert Murdoch)率いるFOX局がドジャースを買収するなどがそれであった。それはそれで大変な争奪戦が演じられたものである。しかし、ヤンキースは、球 団でありながら、買収されるのではなく、自前の放送局を作り、それを売り物に市場に殴り込みをかけるというまったく逆のことをしたのである(古内義明、 http://www.number.ne.jp/mlb_column/2002.04.16.html)(Fiske[1987]も参照)。
ニューヨーク州周辺のメトロポリタンエリアに散らばる700万世帯の視聴者は、加入世帯数第1位のCS社(ケーブルビジョン・システム社)を筆頭にした ケーブルTVや、ディレクTVなどの衛星放送の中から選択したプロバイダーに加入してテレビを見ている。
これまでヤンキース戦はCS社が13年間放映してきた。
CS社は、1988年に4億8,600万ドル(約583億円)で13年間にわたるヤンキースのニューヨークエリアでの放映権を購入したが、その権利も 2001年をもって満了となった。2001年以降に新たに放映権を購入する場合、810年間の契約で毎年11.5億ドル(約120180億円)の契 約金を支払うことが必要であった(http://www.atacknet.co.jp/wwhr0106.html)。
こういうこともあって、CS社は、1998年11月にヤンキースを買収しようとした。買収額は6億ドル(約720億円)が提示された。この額は、米国スポーツ史上最高額であった。しかし、その後ヤンキースのオーナー権の59 %をもつスタインブレナー(George Steinbrenner)の要求に、CS社側が応じられず訣別したとされる。2002年のヤンキースによるCS社への仕打ちはかつての買収劇へのヤンキースの報復であったと思われる。
YES社の出現により契約は2002年に打ち切られた。シーズンが開幕してもなおYES社は、CS社に対して「加入者の多い基本チャンネル(加入者1人 当たり2ドルの視聴料を払う)に組み込むこと」を主張し、CS社は「契約料の値上げに繋がるから容認できないし、プレミア・チャンネル(ヤンキース戦を視 聴したい人だけが支払う)に留めるべきだ」と交渉は平行線を保ったままで、結果的にCS社を選択した300万世帯が、ヤンキース戦を見られないという最悪 の状況が発生した。ちなみに、ヤンキースの監督のジョー・トーレ一家もその中の1世帯だったが、ディレクTVに加入し直して、家族は父の勇姿を見られるよ うになったという(http://www.atacknet.co.jp/wwhr0106.html)。
2002年4月1日の開幕戦が終わった翌日、ヤンキースタジアムの外壁のシンボルであるアーチをロゴマークとして採用したYES社は、『ニューヨークタ イムズ』紙に同社と契約した(させられた)25のプロバイダーの名前をすべて挙げて、CS社への対抗姿勢を明確にする広告を載せた。

活発化する世界戦略

ヤンキースは、収入を増やすためのあらゆる戦略を駆使してきた。その1つが、サッカーのイングランド・プレミアリーグ、マンチェスター・ユナイテッド (マンU=Manchester United)との提携(2001年1月)である。マンUは、プレミアリーグを代表する人気チームで、2002年6月日本で開催されたサッカーのワールド カップに、イングランド代表として出場し、注目を集めたデービッド・ベッカムが所属している強豪チームでもある。ヤンキースとマンUという米国と欧州の人 気チーム同士が大西洋を挟んで手を組んだのである。
もともと、マンUの買収に意欲を見せていたのは、世界のメディア王として名高いルパート・マードック(Rupert Murdoch)率いるBスカイB(衛星=CS放送)であった。6億2,300万ポンド(約1,380億円)の落札価格であると報じられたが(1998年 9月)、その話も立ち消えになった(http://www.atacknet.co.jp/wwhr0106.html)。
欧州の次に、ヤンキースが目を向けたのが日本である。日本球界の代表的スターである松井を獲得し、その契約を通して巨人との関係を深めることで、日本で の足場を得て、ヤンキースというブランドでビジネスを展開することを狙っているのは明らかである。松井がヤンキースで活躍すれば、テレビの大リーグ中継を 通して、日本のファンに対するヤンキースの露出は格段にアップする。イチローのマリナーズと並んで、日本のファンになじみのある大リーグ球団になる。米国 のプロスポーツが仕掛ける経済活動はますますボーダーレス化、グローバル化する。まさにプロスポーツにおける米系多国籍企業そのものなのである(山崎恵 司、「松井獲得、日本市場に狙いヤンキースの国際戦略」、http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2002/mlb /tokushu/yamasaki/0211-01.html)(メディア総合研究所編[2001])。


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