本サイトへ戻る
カテゴリー一覧

【第7回】相次ぐ巨大メディア企業の突然死の意味

はじめに

ワールドコム、キルヒメディアなど世界有数の規模を誇っていた巨大メディア企業が相次いで突然死した2002年であった。これは、インターネット・規制 緩和ブームに乗って1990年代後半の長期にわたる成長を謳歌してきた米国モデルに寿命がきたことを意味している。2000年春から生じた米国のITバブ ル崩壊は、1990年代の日本経済の悪夢の踏襲というよりも、1930年代の世界恐慌を想起させる。

金融組織間の癒着資本主義

ワールドコム、グローバル・クロッシング、クェスト・コミュニケーションズは、通信規制緩和の落とし子であった。エンロンはエネルギー規制緩和の帰結で あった。ソロモン・スミス・バーニーは、2002年初頭、ワールドコムの社債を一般投資家に売却して、それによってワールドコムが得た資金でシティ・バン クに対するワールドコムの債務を返済させた。すでに、破綻が不可避と認識していたソロモン・スミス・バーニーが、親会社のシティ・バンクのリスク回避に 走ったのである。無知な投資家の手元には、紙切れ同然の債券のみが残った。商業銀行のシティ・バンク、投資銀行のソロモン・スミス・バーニー、保険業のト ラベラーズは、世界最強の金融グループ、シティ・グループの構成組織である。商業銀行と投資銀行とが一般投資家をだまして、グループのリスク回避と収益の 極大化に動いた。これはまさに、1929年の世界恐慌時の再来である。世界恐慌以降、米国では商業銀行と投資銀行との兼業を禁止したグラス・スティーガル 法ができていたが、規制緩和の進行でなし崩し的にこの兼営禁止の法的制約はなくなっていた(安藤茂彌「シリコンバレーの企業家たち―資本主義の運命」、 NIKKEI NET「海外トレンド」2002年8月14日)。
安藤茂彌氏の適切なコメントを引用させていただく。
「規制緩和は、規制で守られたままの企業が利用者を犠牲にして巨額の利益を貪るのを防ぎ、企業を再び自由競争の下に引き戻して公正な競争をさせる効果が ある」、「しかし規制緩和は規制撤廃を伴うだけに、一歩間違えると『原始資本主義』の時代に戻ることにもなる。そうすると巨大な企業が益々強大になり、弱 きものがそのしわ寄せを食らうことになる」、「資本主義は人間の『欲望』を基礎として成り立つ体制である。そのために『欲望』の行き過ぎをチェックし、バ ランスさせる機能が極めて重要である。利害が相反するものを同一の組織に帰属させると、チェックが効かず、規律のない『癒着資本主義』になってしまう」。
「利害の相反する組織」の癒着構造をもつ暴利志向型巨大金融機関のネットワークが、時代の寵児である巨大メディア企業を食い物にしたことが、近年明瞭になった。

メディア企業を追いつめたプット・オプション

「プットオプション」とは金融用語で、契約相手に契約価格で債権を買い取らせることができる権利のことである。それは、満期の1年から2年前に起債企業 が確約する「買取価格」のことを意味する。100.00で発行された転換社債に、4年後、103.50の買取条項があり、市場が低迷し、かりに時価が 85.00であれば、この時点で件の転換社債を購入し、それを起債企業に103.50で買い取らせることで、転換社債保有者はかなりの利回りが確保される。
キルヒメディア等々の巨大メディアが追いつめられたのは、強引な資金調達に邁進するメディア企業が、プットオプションという投資家に有利な条件を提示し て起債したが、貪欲な金融機関は、それを逆手に取って大儲けするという、仁義なき闘いを起債企業に挑んだ結果である。こうして世界的巨大企業を破綻させたのである。
2002年7月21日、ワールドコムが破産申請した。負債総額約410億ドルという米国で戦後最大の企業破綻であった。2002年4月末に退任した通信 2番手のワールドコムのCEO、エバースは、高校のバスケットボールコーチ、モーテル経営者と転職を繰り返した後、1983年にワールドコムを設立した。 同社は、75社に上る買収・合併によりAT&Tにつぐ長距離通信2位の企業となり、世界の電子メールの半数が同社のネットワークを経由するまでに なっていた(遠藤雄二「揺らぐアメリカ型資本主義――株主資本主義の終焉?」2002年9月20日、No.217、http://www.hansen- jp.com/217endo.htm)。
ワールドコムは、倒産のほぼ1年前に、米国社債史上空前の起債を発表した。これまでの最高である起債総額122億$の社債を発行した。これは2年前に起 債されたフォードの86億$を抜き、米企業としては史上最大規模。当初80億$の予定だったが、強い需要と低金利に支えられ50%増額した。調達資金は短 期債務の借り換えに使われた(http://www.tv-tokyo.co.jp/nms/column/mori/mori10510.html)。
しかし、このように巨額の社債を発行するためには、非常に強力な誘因を投資家に与えなければならなかった。ITバブルが全盛の時代なら、高株価を梃子と して果敢に企業買収ができ、それがまた株高を推進していたのであるが、株高が一段落してしまってからは、投資家が好きなときに投資資金を回収できる権利を 与えるというプットオプションを多用して資金調達を強行しなければならなくなった。これがまた、起債の足下を見透かされて、ヘッジファンドによる空売りの 格好の対象に、これらの会社株がなってしまったのである。しかも、念の入ったことに、ヘッジファンドのマネージャーは、ワールドコムやタイコなどを空売り 対象にするとわざわざマスコミの記事に流していたのである。そして、債権銀行組織は、容赦なくプットオプションを行使して、これら会社を追いつめた。その 執拗さは、2002年7月12日、ニューヨーク州最高裁判所がワールドコムの債権銀行団にオプション行使請求を却下したことからも伺われる。
プットオプションは、独で47%もの寡占的市場シェアをもつ民間放送局プロジーベンザート1(ProSiebenSat 1)などを傘下に置くキルヒメディア(KirchMedia)をも破綻に追いやった。独メディア・グループのアクセル・シュプリン ガー(AxelSpringer)がプロジーベンザート1へ投資した7.67億ユーロの即時返済を要求したし、キルヒ・ペイTV(KirchPayTV) の22%を出資するBSkyB(豪のメディア王、マードックの傘下)も18億ユーロのプットオプションを行使した。マードック自身も世界的なメディアバブ ルの崩壊で極度に資金ポジションを悪化させていたのである。本体のキルヒメディアは2002年4月8日、子会社のキルヒペイTVはその1か月後5月8日に 破産手続きを申請した。キルヒグループが抱える金融機関からの負債は65億ユーロあった(吉田望、「キルヒ破綻の実情」、 http://www.nozomu.net/cgi-bin/webnote/thinking/doc/kirch.pdf)。

暴騰するスポーツ放映権料

巨大メディア企業を破綻に追い込んだ理由の3つ目は、異常とも思われるスポーツ放映権料の高騰である。
世界的な規模で放送のデジタル化が開始されたのは、ほんの少し前、1994年のことであった。放映地域(フットプリント)の広さについては、衛星放送が 格段に有利であるために、まず衛星放送、そして有料化(ペイTV)がデジタル技術の実験の場になった。
しかし、それから78年、デジタル衛星放送は1社独占に集約されてしまう傾向があることがはっきりした。ゼロヨンというカーレースがある。わずか4分 の1マイル(400メートル)の距離を争う自動車レースで、多くの場合、猛烈な排気ガスを撒き散らせて競うレースであるために、ドラッグカーレースとも呼 ばれている。勝敗はそれこそアッという間に決着する。デジタル衛星放送とはまさにこのゼロヨンレースのように、勝敗がきわめて短期に明らかになる。放送事 業者はこの動きの中で業務の拡大、多角化を急ぐあまり、採算性を無視して見た目のよさそうなソフトを手当たり次第に獲得してしまう傾向が強い(吉田望、前 掲論文)。
2002年3月27日、英の地上デジタルTV放送のプラットフォーム事業者ITVデジタル(Digital)(1998年有料放送開始)が破綻した。有 料放送のキラー・コンテンツとみなされるサッカーの独占放送権料を支払えなくなったからである。ITVデジタルは英のプロサッカーのフットボール連盟に対 して、放映料1億7,850万ポンド(約340億円)分を払えなかった。高額の料金で3年契約で放映権を獲得したが、資金繰りが悪化し、倒産したのである (http://www.nhk.or.jp/bunken/ugoki/u-r-0205.html)。倒産に至る経緯は過去のメディアと同じもので あった。


国際経済ウォッチング の他の最新記事