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【第11回】ストック・カレンシー(株式交換)拡大に関する米国の対日圧力

はじめに

『WEDGE』2003年9月号に、「これじゃまるで植民地、日本は米国の51番目の州となるか――対日投資の呼び込みが『安値買い』を加速する」という衝撃的なタイトルの解説記事が掲載された。
2003年5月2223日(現地時間)、米テキサス(Texas)州クロフォード(Crawford)のブッシュ牧場(Bush's Ranch)で、ブッシュ(George W. Bush)、小泉純一郎日米両首脳が会談した。会談後直ちに、USTR(United States Trade Representative=米通商代表部)のゼーリック(Robert B. Zoellick)代表は、日本の市場開放努力と規制緩和の進展を米政府として歓迎しているとの新聞発表を行った。ヤイター(Clayton Yeutter)、ヒルズ(Carla Hills)、カンター(Mickey Kantor)といった歴代のUSTR代表たちが、日本叩きで勇猛ぶりを示していたことを思えば、ゼーリックの褒め言葉は、同誌が指摘するように、「腰を抜かすような対日称賛」であった。
この会談は、米国にとって極めて満足の行くものであったのだろう。ブッシュ・小泉会談前に合意文書として発表された『2003年日米投資イニシアティブ報告書』(第2回報告)を同誌は、「これじゃまるで植民地」だと評した。
『WEDGE』は言う。「同報告書では米国側の要望事項を列記してある。いずれも具体的で『安値買い』の意欲が伝わってくる」。日本の資産を破格の安さ で米国資本が買えるように日本経済を「構造改革」することの必要性が同報告書には謳われている、と同誌は痛烈に批判した。曰く、「国際的な株式交換を促す 制度の整備」。これは、「日本に比べて株価水準の高い米企業が、キャッシュ(現金)を使わず自らの株式を出資することで、日本での企業買収や資本参加を可 能にすることを狙っている。株式がキャッシュ代わりになる米国の練金術を日本でもフル活用しようという意図が透けてみえる」(『WEDGE』)(注:私は 株式交換をストック・カレンシーと名付けている)。
本稿は、『WEDGE』誌に刺激されて、『日米投資イニシアティブ報告書』(2002年第1回報告、2003年第2回報告)で米国が強く主張した「クロスボーダー株式交換」を同報告に即して検討する。

「2002年日米投資イニシアティブ」

1993年に「日米包括協議」の設置が日米首脳会談で合意され、その一貫として日本側からは当時の通産省が、米国側からは国務省が、それぞれ担当する 「投資・企業関係ワーキング・グループ」が作られた。同年11月の第1回会合の後、1995年6月まで7回の会合が重ねられ、基本的な合意が1995年に 出され、1999年5月、日米首脳会談(クリントン(Bill Clinton)大統領vs.小淵恵三首相)の席でその点を確認する『フォローアップ報告書』が提出された。
このワーキング・グループはかなり頻繁に会合を持ち、2001年6月30日、「成長のための日米経済パートナーシップ」委員会の設立が合意された(ブッ シュ大統領vs.小泉純一郎首相)。これに伴い、「投資・企業関係ワーキング・グループ」は「成長のための日米パートナーシップ」に組み込まれた。新たな 会合の名称が「日米投資イニシアティブ」である。
そして、2002年6月、最初の『2002年日米投資イニシアティブ報告書』が作成された。
報告書には、日本経済再生のための対日直接投資の促進、外国企業が日本経済に実質的な影響を与えることができるように、日本企業の米国型コーポレー ト・ガバナンス制度の採用、透明な会計手続き、④ストック・オプションの自由化、⑤労働の流動化、⑥土地の流動化、⑦株式交換を通じるM&A、 等々の必要性が列記されていた。
同報告書によれば、2000年末の時点で、①この5年間で米国の対日直接投資は約6倍も増えた。②米国内では外国人の直接投資によって約600万人が雇 用されていた。これは米国の全従業員数の5.4%に相当する。他方、日本における外国からの直接投資による雇用は30万人強であった。これは日本の全従業 員数の0.7%にしか当たらない。30万人のうち、20万人は米国企業による雇用者数であった。③米国では外国人による直接投資が生産した価値は GDPの約3%であったが、日本では約0.2%にすぎなかった。ちなみに、外国人直接投資効果の対GDP比のもっとも大きい地域は独で10.09%、英国 がその次で9.19%であった。中国も大きくて8.3%、フランスは3.09%であった。米国は日本よりは大きいが、国際的な標準からすればかなり低い水 準にある。日本の数値の低さは先進国としては異例すぎると見なされても仕方のない低い数値であった。④1992年、「外国為替及び外国貿易管理法」の改正 が行われ、外国人の直接投資は認可制から原則事後報告制に改められた。1994年には首相を長とする対日投資会議が設置され、それ以降、外国人の直接投資 が日本に本格的に流入し始めた。日本からの海外直接投資と日本への対内直接投資の比率は、1997年の10:1から2000年の1.4:1にまで縮小した。
この『第1回報告』は、株式交換を次のようにさりげなく説明している。「大企業にとって、合併はしばしば現金支払に代わって株式交換を通して行われる。グローバルな地位を目指してこのようなツールを活用しようとしている企業が増えている」。
つまり、『第1回報告』(2002年)の時点では、株式交換は、事実経過の形で説明されていただけである。そして、日本側もこの時点では、米国がさらなる株式交換制度の拡充を要求することに対して抗戦の姿勢を見せていた。
「米国政府は、M&Aは最近の日本にとって最も重要な投資上の課題の1つとなっており、現在日本国内で認められている株式交換制度の外国企業へ の適用等による国境を越える株式交換、現金による合併対価支払、簡易合併などのスクィーズアウト(注:大多数の株主が株式交換に応じれば、それに反対する 少数株主も株式交換に応じなければならないとした手続き)のような幅広いM&A手法を認めるための取り組みの必要性を述べた。これに対して、日本 政府からは、実務のニーズについては必要なものはできるだけ変えていくという姿勢は持っている。しかしながら、商法の全面的な見直し作業を継続してきたと ころ、法律上の連続性を考える必要があること、他国の法制度の概念など十分検討すべき法的論点も多く残っていることから、引き続き検討を進めていきたいと の考えが示された」(『第1回報告』)。
要するに、日本国内で株式交換によるM&Aが認められたことを受けて、米国企業が日本企業を買収できるような「国境を越えた」(クロスボー ダー)M&Aの認可を米国側が希望したが、日本側がそれを拒否していたのである。しかし、次の『第2回報告』(2003年)では、企業合同に際し て、「株式交換」がより多く活用されるべきだとの要望が米国側から強く、鮮明に出され、日本側もそれを肯定的に受け止めることになった。

『2003年日米投資イニシアティブ報告書』(第2回報告)で露骨になった米国のクロスオーバーM&A

2003年5月の日米首脳会談(ブッシュ大統領vs.小泉首相)に先立って、『第2回報告』が両首脳に報告された。「日米投資イニシアティブ」の米国側議長は、ラーソン国務次官(Secretary of State Alan Larson)、日本側は佐野忠克経済産業審議官であった。
まず、この『第2回報告』の要旨で、小泉首相が今後5年間で対日直接投資残高を倍増すると表明し、そのための施策の最重点事項が、クロスボーダーの株式 交換への参加を外国企業にも認める法律を導入することであると日本側は強調した。つまり、『第1回報告』にはあった、株式交換によるM&A促進へ の逡巡を日本は払拭してしまったのである。
また『第2回報告』は、「対内直接投資実績指数」と「対内直接投資潜在力指数」という概念を持ち出し、後者に比べて前者が著しく小さい日本は、外国人の直接投資に対して閉鎖的であるとしている。
『第2回報告』では、対内直接投資と、外国人による国内企業のM&Aとが、ほぼ同じものとして扱われている。そして、この数年間の間に、投資の 最大の手段であるM&Aを行い易い環境が、以下のように日本に生じていることを、同報告は指摘する。まず、①電気通信・エネルギー分野で規制緩和 が進んだ結果、事業インフラのコストが大幅に低下していること、②金利が史上最低のために安価な資金調達が可能となっていること、③6大都市の商業地の地 価がバブル時(1990年)の約6分の1になっていること、④商法、企業会計原則、労働法制面においてM&A関連の整備が進んでいること、⑤株価 も日経平均で見ると1989年のピーク時の20%程度にまで下がっていること、等々がそれである。
「国際的な株式交換」について、同報告は以下のように述べた。すなわち、「本件は、前回の投資イニシアティブにおいて米国側の最大関心事項の1つとして 提起され、今回の投資イニシアティブにおいても、日本における産業のリストラクチュアリングや企業組織の再編を促進するため、対日投資を考えている外国企 業が日本でM&Aを進めるツールとして、三角合併、キャッシュ・マージャーなど合併手続きに用い得る手段を拡大することが米国政府から日本政府に 要請された」と米国側の強い要求を紹介し、次に「日本企業同士の株式交換案は1999年の商法改正で可能となったが、外国企業が自社の株式を対価として日 本企業と株式交換することは認められず、また、現金を対価とした合併も不可能と解されてきた」とこれまでの日本側の拒否姿勢を説明した後、「日本政府は、 投資イニシアティブでの指摘や日本に進出している外国企業からの要請などを受け、政府による認定を受けた場合には、親会社の株式を対価として合併等を行う こと(三角合併)や、現金を対価とした合併を行うことを商法の特例として認める措置等を盛り込んだ改正産業活力再生特別措置法を4月9日に公布・施行し た。この法律は、外国企業を親会社とする日本企業にも等しく適用されるため、外国企業の子会社が合併等を行うことにより日本企業の事業を再構築するための 計画を策定し、政府により同計画の認定を受けた場合には、商法の特例措置として、親会社の株式を対価とする三角合併や現金合併を行うことが可能となった」 としているのである。
ここで、「三角合併」というのは、①外国にある親会社が、日本にあるその完全子会社に親会社株を譲渡する。②子会社は、譲渡された親会社株を、買収した い日本の会社の株主に提示して、当該株主が保有している買収先企業の株式と交換し、その会社の支配権を得る。そうして、新たな合併会社を作って、完全な新 子会社を設立する。買収された会社の株式はすべて新会社に吸収され、新会社の新株に入れ替えられることになる、というものである。

おわりに

このように、国境を越える株式交換、それも、親会社の株式を対価とする三角合併や現金合併が認可された。合併にあたって、①日本企業の再構築計画が策定され ていること、②その計画を日本政府が認可すること、の2つの条件下で「商法の特例措置」として認可されるという歯止めは一応つけられてはいる。しかし、こ れも例によって例のごとく、「日本政府の認可を必要とする」条件が早晩取り払われ、自動的に認可されるべく、「必要な商法の改正」が行われるようになるこ とは必定である。


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