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所長コラム3:土佐堀川が育んだ改革者たちの言葉(3)

本山美彦(国際経済労働研究所理事長兼所長)

4. アメリカの大統領候補者に見られた「分かりやすい」が低俗な非難の応酬
アメリカ海軍用に開発された(1975年)「フレッシュ・キンケイド」(Flesch-Kincaid)という手法がある。これは、長さなどに使われている単語の音節数で、文章の難易度を測るものである。短くて、少ない音節の語彙が使用されている文が、分かりやすいものであると定義される。

その指標を用いて2015~16年のアメリカ大統領候補の予備選挙における各候補者の演説を評価すると、ドナルド・トランプ候補の演説がもっとも分かりやすかったが、きわめて幼児言葉が勝ったものであったという分析が出された。その分析によると、トランプの話す内容は、9歳の子どもでも理解できるほど簡単なものであったとされる (https://www.yahoo.com/news/good-bad-stupid-outspoken-trump-king-simple-speech-033655208.html?ref=gs)

2015年12月15日、ラスベガスで15日に行われた共和党の大統領候補討論会の冒頭と締めの発言に、この手法を適用すると、使った語彙の少なさにおいて、討論会で対決した候補者9人の中で、トランプが際立っていた。1分半の発言の中で、トランプが使用した単語で、4音節以上のものは、全体のわずか7%にすぎなかった。これは、9~10歳の子どもでも、彼の発言を理解できることを意味するのだという。

トランプが圧倒的な頻度で使った単語は、「良い」(good)、「悪い」(bad)、「すばらしい」(great)などの単純で短いものである。トランプは、討論会の締めの発言はその最たるものであった。「もし私が大統領に選ばれれば、われわれは再び勝てる。われわれは勝ち続け、すばらしい、すばらしい国となり、以前よりもそのすばらしさを増すだろう」等々。シリアのバッシャール・アサド大統領を非難した言葉は、「悪いやつ」、「大悪党」が多用された。

トランプは、政治に関する大衆の単純な直感に訴えかけ、簡潔で、繰り返しの多い言葉づかいによって、聴衆を安心させてきた。言葉の単純さは、それを使う人が正直者であり逆に複雑な言葉を使いたがる人は、巧妙に聞き手を騙す技術に長けている人だと他人に思わせてしまう可能性がある。この点は、否定できない。しかし、それも常識の範囲内の判断基準である。「良い」、「悪い」、「すばらしい」というあまりにも単純な言葉の乱発で聴衆が興奮のるつぼに入ってしまうという現在の群衆心理は、今日の社会の安定さを損なうものである。

トランプのライバルである共和党の他の候補者たちの語彙の評価はどうだったのか。上はテッド・クルーズ上院議員と元神経外科医ベン・カーソンの15歳から、下はランド・ポール上院議員の11歳までであった。他の候補者の発言に、4音節以上の単語が含まれる割合は、平均で14%だった。これは、トランプの約2倍に相当する。発言に「複雑な」単語が使われた割合では、クルーズ上院議員が全体の24%、元フロリダ州知事のジェブ・ブッシュが15%であった。

以上が、「フレッシュ・キンケイド」を指標としたトランプの言葉の幼児性を示したものである。しかし、そもそも、「フレッシュ・キンケイト」は、文章を対象として開発されたもので、話し言葉を対象としたものではない。その点からすれば、トランプの演説の幼児性を、この指標によってのみ説明してしまうのには無理がある。

この限界を意識して、メロン大学のエリオット・シューマッハーとマスキン・エスケナージは、「REAP」という手法を用いて、2016年のアメリカ大統領予備選挙の候補者たちの演説をランキング付けした。

彼らは、2016年の米大統領予備選挙に打って出た大統領候補者人の中から5人を選び、彼らの演説の「分かりやすさ」(readability)にランクを付けた。もっとも分かりやすいランクが「1」、もっとも難しい言葉のランクは「12」である。

この「分かりやすさのランク」に加えて、彼らは、使われた語彙の数、文としての文法の正しさをもランク付けした。分析から分かったことだが、文法のランクに応じて、使われる単語の頻度は異なっていた。たとえば、「勝つ」(win)という単語は、「文法の第3ランク」で他のランクよりも使われる頻度が高かった。「成功した」(successful)は「文法の第7ランク」で、他のランクよりも使用される頻度が高かった。

「従属節」(dependent clause)が「文法の第2ランク」で使われることはまずない。しかし、「第7ランク」になると頻繁に使われるようになっていた。  このような分析視角は、2004年に「コリンズ・トンプソン&コーラン」で開発され、ハイルマンたちによって、2006年、07年にさらに改善された「REAP」という手法に基づいている。

「REAP」以前のものは、収集した生徒たちの作文をデータベースにし、先生方が生徒たちの作文を各学年別に先生方のウェブサイトに公開したものである。ある語彙をすらすらと読み、理解できる学生の多い学年を「語彙のやさしさ」のランキングにしている。したがって、年齢が若くても理解ができる語彙のランキングは低くなる。

たとえば、「決定」(determine)という単語は、「語彙のやさしさ」の「第11ランク」に位置づけられている。語彙のランクの決定は、その語彙がもっとも多く使われているランキングである。 「デール・チャル・やさしさ公式」(1948年)がその1つである。これは文章の中で使われている語彙数が多ければ多いほど、そして、なじみのない語彙が使われている頻度が高いほど、「難文」であると認定するものであった。

「語彙フレームワーク」(バージョン1、1996年)もあった。これは、繰り返される語彙数と文章の長さで難易度を判定するものである。

文章全体で見るという計測法もある。「コー・メトリックス」と言われるものがそれである(2011年)。文章を理解するだけの予備知識がどの程度のものか? 文章の難しさは?とかが総合的に判断されるものである。この手法は、文章の情緒を理解する段階区分を目指している。

ただし、上で紹介した「REAP]以前の手法はすべて国語の教師が生徒にどのように明快な作文を書かせるかの工夫から発展してきたものである。しかし、文章と話し言葉とは違う。話し言葉は、作文よりもはるかに短いセンテンスで成り立っている。

先に紹介した「フレシュ・キンケイド」は、作文のランキングを測定するのにもっとも優れたものである。しかし、上に指摘したように、その手法を演説に適用することにはいささか無理がある。その点、REAPは演説にも適用できる。  理由は、文章や単語の長さをランキングの基準として重きを置かず、同じ単語や表現方法がどれだけ繰り返されるかということに重点を置いているからである。

メロン大学のスタッフたちは、大統領予備選挙の候補者5人を比較した。テッド・クルーズ(5)、ヒラリー・クリントン(7)、マルコ・ルビオ(6)、ベニー・サンダース(6)、ドナルド・トランプ(8)の5人である。括弧内の数値は採集したサンプル数である。  採用したサンプルは、立候補演説、キャンペーンの軌跡、勝利(敗北)宣言に分けている。

現在では、生の演説からサンプルを最終するよりも、「宣伝ビデオ」を参照することの方がはるかに楽である。しかし、将来はどうであれ、いまは、分析には後から手を加えることのできない「生の演説」の方が、それができる「宣伝ビデオ」よりも有効である。

彼らは、比較のために、現在の大統領予選候補だけでなく、過去の大統領の演説をも引用している。リンカーンのゲティスバーグ演説、バラク・オバマ、ジョージ・W・.ブッシュ、ビル・クリントン、ロナルド・レーガンがそうである。ビル・クリントンの演説は、年代こそ違え、リンカーンと同じ名場所で行われたものである。

比較したものは、使われた言葉と演説の構成である。「REAP」で行った計測によれば、明確な違いは、過去の大統領達の演説がほとんど「8ランク」クラス程度で横並びであったのに、最近の候補者たちには、かなりバラツキが多く、トランプの「7ランク」からサンダースの「10ランク」まで、大きくばらついたことである。

この節のはじめで紹介した、2015年のボストン・グローブでの予備選の5人を「フレッシュ・キンケイド」」で比較したものでは、多用された語彙のランクが、トランプの「ランク4」、クリントンの「ランク7」であったが、違う手法によっても、トランプの語彙の少なさは共通に指摘されたのである。しかも、程度の差はあれ、最近の大領両候補者の演説は、共通して、やさしい語彙を多用する傾向を示している。

これが、「ネット住民」を意識してきたことの結果である。私には、その疑いを払拭することはできない。


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