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11:岐路に立つカナダ労働運動 後編<1/2>

京都大学大学院公共政策連携研究部教授 新川 敏光 

3. 自由市場主義に抗して
グローバル化、自由貿易圏形成、労働の柔軟化といった逆風のなかで、カナダ労組は比較的組織防衛に成功しているとはいえ、後退局面にあることは否定できない。カナダでは、公共部門では組織率が高いが、民間の組織率は2割程度にすぎない。しかも民間のなかで雇用者が500人を越える事業所では組織率が5割あるのに対して、それ以下になると16%程度と極端に低くなる。さらに近年、非正規雇用の拡大が著しい。雇用者の内34%がprecarious、いわゆる不
安定雇用(パートタイム、不定期、契約、臨時、「自前」など)である。こうした非正規雇用の拡大は、未組織労働者を増やし、労働組織率を低下させている
(Kumar and Schenk 2006: 53)。

(1) CUPE
CUPEは1989年大会で「1990年代に向けての CUPE」なる政策方針を採択し、外部からの挑戦に 対して内部的結束を固める戦略を打ち出す。翌年 全国幹事会は、全国五つのブロックを代表する委員 と2名の事務局から成るコミッションを設置し、組合再生戦略を練った。コミッションが提起した行動方針の 概要を述べるなら、まず州レベルで小さな組合の統合を促進するとともに、小さな組合のCUPEへのコミットを強化するため、それらの代表の総会参加を補助する基金を設ける。オルグを増やし、組織化を進める際に重要なポイントとして、オルグ対象に帰属する活動家を育てる。たとえば女性の組織化であれば女性、若年者の組織化であれば若年者、少数民族の組織化であればその民族出身の活動家がオルグするのが効果的と考えられる。教育プログラムにおいては、CUPEが70年代から取り組んできた社会的差別是正や人権擁護について、一般組合員のみならず、活動家や指導者層に対して教育の場を設けることの必要性が説かれている。

CUPEは民営化や公益事業の民間委託に対して、強い反対運動を展開している。たとえば水道事業の民間委託に関しては、各地で市民グループと協力して調査を実施、民間委託の水質管理上の問題を指摘し、官民提携の動きを牽制してきた。オンタリオ・ハイドロは最終的に民営分割化されたものの、CUPEは、CEP(Communications, Energy and Paperworkers Union)と共闘し、訴訟闘争を展開 し、一度は民営化を阻止した。病院経営の民間委託についても、イギリスの事例を詳細に調査、その知識を各地の福祉擁護団体に提供し、共闘体制を築いている。民営化や事業委託が行われてしまった場合、CUPEは本来公共的に行われるべき(と彼らが
考える)業務に携わる者たちについては、CUPEの組合員と同様の賃金、労働条件を要求する。それは連帯構築にプラスなだけでなく、将来的に業務を公共部 CUPEは反民営化とともに、反グローバル化も掲げている。

グローバル正義基金を設け、メキシコや南米での北米企業の行動に目を光らせ、時には現地
労働組合や活動家たちに調査資金援助を行っている。このような国際的連帯の動きも、常に地域レベルでの情宣や学習活動に依拠しながら、進められている。組合は組合員のものであり、組合員の考えから離反すると組合は生き残ることができないからである。したがって「組織されたもの(組合員)の組織化」が労働組合再生の大きな鍵となる。一般組合員が組合に対して疎外感を抱かないように、団体交渉、地域での市民グループと協力しての人権擁護・環境保護運動、国際的連帯、すべてのレベルにおいて、労組員の教育と再オルグが必要とされる。

(2) CAW

CAWは自動車産業労働者を中心とする組織でありながら、北米自由貿易協定締結後も、階級意識と社会的連帯に基づく運動を展開してきた。CAWによれば、労組の本当の強さは、数(組織率)ではなく、目的達成のために労組員を動員できる能力であり、政治的影響力である。組合員が組合は自分たちのものだと感じて、初めて組合は効果的な行動を生むことができる。組合員がそう感じるためには、労組が組合員の選好を反映し、完全な参加を認め、労働者の技能・理解力の開発を促進する必要がある。労組員の教育のために重要なのが、行動であり、闘争である。活動を通じてこそ指導部から一般組合員まで団結を実感できる。闘いは、いわば日々の教育であり、組合を形成する源なのである(Robertson and Murningham 2006: 173-174)。

CAWは、組合員だけでなく、全ての働く者を守るより厳しい法規制と平等な所得配分を実現することによって、社会的保護プログラムを拡充することを目指し、グローバル化に抗して国内外で連帯を求める行動を展開した。「社会運動と組合が連帯することは決して容易ではない。そこには常に緊張があり、それは結束を脅かすかもしれないし、新たなダイナミズムを生むかもしれない。・・・・・新しい社会運動は、労働組合を必要としている。われわれは、社会変革のためのより広範な運動を形成するために必要な財政資源、組織規律、指導層、活動家をもち、企業の出方を熟知している。労組は、新しい社会運動の一部でなければならない。1930、60年代にそうだったように、今もそうである」(Robertson and Murningham 2006: 171-172)。

自分たちが何ものであり、社会とどのように結びついていくべきか、その意味と動機を与えるのは、文化である。「私たちの最大の強みの一つは、組合文化である。文化が団結と動機を与える。異なる部門や世代の組合員を一つに結びつける。それは、私たちが誰であるか、何をなしているかを、私たちが直面する挑戦を、そしてそれにいかに取り組むかを教えてくれる物語である。私たちが語り続ける物語は社会変革の大きな構想であり、社会正義へのたゆまぬ情熱である」 (Robertson and Murningham 2006: 174)。

1985年に袂を分かったアメリカの労働組合について、CAWは次のように語る。「カナダの(アメリカとの――訳注)違い、とりわけ私たちの組合の違いは、私たちが資本に反撃する能力と意志をもっていることである。私たちは、自動車会社の理屈、たとえば今日、とりわけアメリカでいわれているような、退職年金や健康保険が深刻な問題であるというような主張を受け入れることは出来ない。真の問題は何かを見極め、政府や企業にそれと取り組むように強いなければ、労働運動はズルズルと後退してしまい、弱体化する。それが、今アメリカで起こっていることなのだ」
(Robertson and Murningham 2006: 177)。

(3) ソーシャル・ユニオニズム

CUPEとCAWだけでなく、カナダの労働組合は、共通してアメリカのビジネス・ユニオニズムとは異なるソーシャル・ユニオニズムを標榜する。それは、自分たちの賃金や労働条件の改善を求め、政治的には中立主義をとるビジネス・ユニオニズムとは異なり、自分たちの要求を社会的公正の実現と結び付け、社会改革のために積極的に政策形成に対して政治的影響力を行使しようとするものである。ビジネス・ユニオ ニズムが経営側とパースペクティブを共有し、組合がしばしば経営管理の末端組織と化す傾向があるのに対して、ソーシャル・ユニオニズムは労働者の利益と権利を擁護するため、経営側との対決を辞さず、闘争のなかで団結力を高め、国内外の勢力と連帯して企業行動を監視する。

ソーシャル・ユニオニズムはビジネス・ユニオニズムを正当化する意匠にすぎないという辛口の評もある。労組にとって、自分たちの雇用保障・賃金・労働条件が何よりも重要であるというのは、その通りであろう。しかしソーシャル・ユニオニズムは、自らの利益をより広い社会的文脈に位置づけ、その言動をより包括的な社会改革構想へと結びつける(Palmer 1992: 371-373)。とりわけグローバル化、自由貿易圏のなかでは、労働組合は自らの利益を守るためには、社会的公正を実現する連帯を国内だけではなく、国際的に実現する必要がある。

カナダにおけるソーシャル・ユニオニズムは、多文化主義という文脈のなかで、社会運動ユニオニズムへと発展していく。労働組合が、社会運動医療保障縮減に反対するコミュニティ連合を結成する際、労組は社会保障関係支出の削減によって最も侵害されるのはマイノリティの権利であることを指摘し、社会的マイノリティとの連帯を重視した。このことは、労組の利害関心(とりわけCUPE内の病院関係労働者)を、カナダの多文化主義社会の特徴(社会的少数派や少数民族の多様性)と結びつけ、運動が労組を超えた社会的弱者を守るためのものであるというメッセージを明確に打ち出し、社会的連帯の輪を広げることに貢献した。 

 


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