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【2013年10月号】東京オリンピックで日本は世界に何を提示するか、できるか

2020年オリンピックが東京に決定した。この間、80年代の 名古屋、90年代の大阪、そして2回の東京の立候補が選ば れなかったのに対して、まさに56年ぶりの実現である。前回 未だ生まれていなかった人々が高齢に達してようやくだか ら、前回の東京オリンピックを話題にしても分からない人が圧 倒的で、現実味は薄い。新幹線の開通した年というのが最 も現実味のある比較観といえよう。しかし、思うに近代オリン ピックが復活して1世紀余、国際関係でもスポーツの世界で も由緒のあることだが、大変な歴史をたどってきた。オリンピッ クは政治と縁がないとは言うが、実は出来るだけその影響を 受けないのが望ましいという願望があるが、逆に政治と離れ てはありえないことも事実で、第1次大戦も第2次大戦もその 開催に大きな影響を与えたし、ナチスの国威発揚が第2次 大戦直前のベルリンオリンピックの特徴であり、その次の東 京オリンピックは戦時のために取り止めになった。戦後でも ミュンヘンオリンピックは国際テロで大量の犠牲を払ったし、 その後のモスクワオリンピックは冷戦体制の渦中で西側選手 のボイコットにあって崩壊寸前の目にあった。  

しかし、幸い64年東京オリンピックは平和裡に戦後世界 の平和と経済成長をたたえる機会となった。私は翌65年に フルシチョフ反スターリニズムがわきあがるソ連・東欧に代表 団として招かれたが、いたるところでソニー・パナソニック・キ ヤノン・ニコン・新幹線への称賛と渇望にも思える日本の技 術と文明礼讃に出くわし、こちらが意識する以上に一般庶 民に浸透した日本への憧れに直面した。オリンピックといえど も選手団・応援団・マスコミ・観客を含めて来日したのは2万 人程度であり、その人たちが世界にもたらした影響は微々た るものと思えた。しかし、初めてのカラーTVの放映や映像を 含めたマスメディアの影響を含む文明の伝搬が巨大なこと を知った。そして、それが逆輸入されて繰り返しフィードバック されることによって、その後いずれの海外を訪れても新幹線 や日本のカメラや電化製品のもたらす社会現象を説明する 必要がなくなったことを知った。500年以前のマルコ・ポーロ やコロンブスの時代でも文明や知識の伝搬力はすごかった わけだから現代はその数千・数万倍であることは指摘するま でもなかろう。

さて2020年東京オリンピックでわれわれは世界に向かっ て何が、そしてどのようなことがプレゼンテーション出来るか。 平和裡に進んでほしいことは言うまでもないが、すでに日本 代表によるプレゼンテーションがあり、それがIOC委員の多く の同意を得たのだが、現実に2020年において、世界に対し て日本社会の未来を含めて何を提示出来るであろうか。そ れは単に競技施設やまちづくりだけではなく、64年オリンピッ クが戦後日本の変化を訴えた以上に今日、スピリチュアルな 何ものかが求められる。 (伴)


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