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4:小さな物語が繋がり支え合う大きな世界の労働運動(3)<5/5>

 まず労組も企業内外で眠っていた組合への関心 を呼び起すため、原点に戻って新しい状況に立ち向 かい組合役員を中心に積極的に仲介者の役を引き 受けるべきだ。仲介するのも非組合員にも広げよう。 地域ではそれを待っている人が大勢いる。実はこの 仲介者に似た役割は、最近労金、労済、生協など労 働者の各種協同組織の集まりである労働福祉協議 会の地方組織で、ワンストップ・サービスと称して仕 事や生活に関するよろず相談とそこから関係箇所 に紹介する事業として試みられている。更にそれは 長年地域でコーディネート型の現場活動家として生 活困難者を助け、数年前派遣村を組織した後内閣 府参与に就任した湯浅誠氏の奮迅の働きで、複合 的な困難を抱えている人たちへの個別的・継続的・ 包括的支援を掲げるパーソナル・サポート・サービス として継承された。   

ちなみにこうした繋がり支え合って働くための多元 主義的なアプローチは、既に労使関係のノン・ユニオ ン化が進んだ米国で以前から提起実行されている。 この動きをアソシエーショナル・ユニオニズム (associational unionism)と呼称したチャールズ・ ヘクシャ―に拠れば(Heckscher, Charles, 1988, The New Unionism: Employee Involvement in the Changing Corporation, Basic Books)それ は以下の四つの特徴を持つ。即ち①全ての従業員 に保障される普遍的諸権利に基づく②仕事の中味 や、組織上の位置、地理、ジェンダーや人種などに基 づいた様々な従業員集団を含む③これらの様々な 属性集団間で合意に至るための多面的な交渉メカ ニズムを提供する④その活動は、個々の仕事の仕 組みや仕事生活の質についての関心と一般的な 労働政策の諸争点の双方を対象とする。ここで興 味深いのは、問題状況の多様化に対応して従来の 労使二者間交渉から関係多者間交渉になっている という意味ではassociational なのだが、交渉参加 者間、とりわけ使用者側と被使用者側の力関係に 落差があるのを前提に、規範が交渉において効力 を発揮するため組織的圧力を担保するために組合 の団結力は尚必要で、その意味ではunionismで在 り続けるべきなのだ。  

こうした現代に小さな物語が繋がり支え合う大き な労働運動を再建するため、労働組合を共助共益 組織から公助公益組織に変えて行く上で、日本の 労働運動は実は非常に貴重な制度資源を有してい る。それは今や政策制度要求と一体化した春闘だ。 確かに春闘については終焉論が語られて久しい。 実際賃上げは以前に比べれば、10年前から然程見 るべき物はない。だが今日春闘は人事院勧告から最 低賃金さらに生活保護に至るまで、日本の全ての 人々の賃金のミニマム保障に関わっている。また経 営側も個別企業の能力を越えた労働条件の向上に 反対するものの、毎年春に全国の労使が経済や経 営に付いて話し合う事を否定しないばかりか、実際 には従業員との大事なコミュニケーションの機会とし て重視している趣さえある。  

連合は一昨年から春闘を「すべての労働者のた めに」と位置付けている。なるほど例えば2012春季 生活闘争方針を見れば、そのための策が色々と講じ られている。春闘は現在通年化している。10月には 事実上翌年度の方針検討が始まり、年末には交渉 が始まり、それは6月まで続く。そして7月から9月にか けて集計と評価が行われる一方、その結果が様々 な毎年更新の最低賃金や生活保護基準に反映さ れる。だがその準備過程や実施過程、さらに総括の 過程は有組合企業の労使のみに閉じられている。 組織率が2割を切っている状況で、それはやはり 「掛声倒れ」と言われても仕方あるまい。連合は最 近1000万を目指す新しい組織化方針を決定した。 だがそこには、1000万はあくまで通過地点であり、最 終目標は5500万の全ての労働者の組織化だと言 う。但しそれは通常の組合員化のみならず多様な方 法で実現することが示唆されている。だとすれば春 闘を全ての労働者に開く手立てを講じるのは喫緊 かつ有効な方策ではなかろうか。  

かつて戦後労働運動は、春闘の他にも様々な政 治経済、社会文化の課題を提起しては全国キャン ペーンを展開し、地域で関係団体と共闘集会や 様々な催しを開き、そこに組合員以外の人々の参加 関与の空間を開き、そこでの共有体験が職場や家 庭にフィードバックされ、運動課題が夫々の人々の生 活文脈の中へ咀嚼されていった。またストライキが珍 しくなかった時代は、たとえ一時的にネガティブな事 象であったとしても、その事で間接的に影響を受ける ことが、自身も運動の一端に居ることを感じさせて、そ う受け留める事で自分の中に運動文化が育まれて いる事に多少の誇りを持った事は、春闘の交通スト で学校が休みになった高校時代の一つの思い出 だ。もちろん今日の状況で、ストやデモが春闘を開くこ とになるとは限らない。要は組合員以外の人々、それ も労働者に限らず全ての国民に春闘を自身の問題 と感じさせる機会をできる限り多くかつ多様に、地域 で創造する事が肝心だ。  

さらに言えばこれだけ企業活動がグローバル化し ている今日、新たなインターナショナリズムを春闘の中 で試みる事も大事だろう。実際製造業を始め国際分 業が水平化し、経済水準や生活様式が平準化して いく今日、国内外で同じような仕事がなされれば、同 一労働同一賃金の原則は労働側より経営側に有 利に働く。そうした時に春闘を国内に閉じる事は、労 働側にとって不利な場合もあろう。もちろんこれには、 日頃からの労組間や労働者間の連携を含めて、時 間が掛かる作業が山とあろう。だが春闘が始まって 十年程で国民の年中行事化して行った歴史を振り 返り、今日の交通手段や通信手段の飛躍的進歩を 考えれば、「全ての労働者のために」を国境を越えて 実現しようとすることは、決して絵空事とは言えまい。  

過程を組合以外に開くことは、政策制度要求活 動においては一層求められる。それは今日春闘以上 に関係個別企業や産業の事情に左右され、しかも 一般組合員には縁遠いものとなっている。さらに民 主党政権下で実現可能性が高まった分、選択と集 中が進み、議論すら殆どされていない課題も見受け られる一方、実現に向けての関連省庁並びに政治 家との協議は一層不透明さを増している。政策制 度要求活動は現在春闘と同期化し、事実上通年化 している。にもかかわらず組織内討議の時間は短く、 それは春闘以上に閉じられている。言うまでもなく政 府や自治体の政策は組合員のみならず全ての国民 や市民、ひいては人類全体に及ぶ問題も含んでい る。当然にも関連する集団や団体の数は多く、また 議論の余地も広い。だからこそ政策制度要求活動 は地域に開かれねばならない。たとえ意見が異なって も広範な議論を可視化された状況で行う事が重要だ。  

近年マニフェストを始め立法作業を政治家に「お 任せにしない」態度が国民の間に芽生え始めてい る。またNPO等様々な結社や活動主体の増大で、ま ちづくりや福祉等の面で、行政や企業に頼らず自分 達で自分達の問題解決を図る試みが増えている。こ うした状況は、政策制度要求活動を省庁、役所、政 治家に対して物を言う活動から、市民が自分達の問 題を議論し、そこから政策の有り様を考える、即ち市 民が一緒に自分達の生活の有り様を考える絶好の 機会にする可能性を持っている。そして春闘と共に 今そこで最も求められているのが、本稿で縷々述べ てきた「小さな物語の現場」が集う処にすることであ り、それらの物語を繋ぎ合わせる人々、ここでいう地 域におけるコーディネート型の現場活動家の輩出で ある。それはまた連合が昨年決定した運動目標である 「働くことを軸とする安心社会」の中で、労働運動自 らの役割として自覚しているものである。そして本稿 がずっと説明してきたように、それは決して新しい課 題ではなく、この国の労働運動、そして社会運動が1 世紀以上にわたって培ってきた伝統を再生すること であり、それはまた米国を始め同様な運動を育んで きた地球の此処彼処の仲間と、「小さな物語が繋が り支え合う大きな世界の労働運動」をこれからも続 けていく営みに他ならない。  

最後に、連合の「働くことを軸とする安心社会」に むけて~わが国が目指すべき社会像の提言~」よ り、下記を引用する。  

労働運動は、「働くことを軸とする安心社会」実現のた めに、国民的合意形成の中心的役割と広範なネットワーク 形成のコーディネーターの役割を担わなければならない。 労働者福祉事業団体、経営者団体はもとより幅広い市 民層との対話を進めながら、ビジョンを磨き、国の、あるい は地域のビジョンとして共有化していくことが必要である。 そして、労働運動は、目的意識を共有する多様な団体、組 織、ネットワークと連携しつつ、幅広い連帯を築き、政策実 現のために社会運動の軸としての役割を発揮していく必 要がある。また、女性の参加、青年の参加は労働運動の 活性化に必須であり、参加促進、参加を促す条件整備な どは喫緊の課題として取り組んでいかなければならない。 社会参加を保障することを軸とする活動はすなわち、人と 人との絆をつなぐものである。労働運動はその絆を再生す る使命を持っている。こうした労働運動の力は、働く者一 人ひとりの主体的で自発的な参加と行動によってこそ真 価を発揮することを忘れてはならない。 


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