本サイトへ戻る
カテゴリー一覧

2.【フランス】サルコジ政権と対峙するフランス労働組合運動

菊池 光造(京都大学名誉教授 / 社団法人国際経済労働研究所 所長)

1.2009年ゼネストと全国的デモ
2009年、フランスでは大規模な全国ストライキがあい次いだ。

1月29日、雇用保護や賃上げを求めて主要8労働組合が全国規模の統一ストを実施、このゼネストをふまえて、労働組合側の発表によると公的部門・民間部門合わせて全国主要都市で250万人(警察発表では108万人)の労働者がデモに参加した。 2月23日には8労働組合が連携して共同声明を発表、1月29日に続く2度目の全国スト・デモを3月19日に決行すると宣言した。3月19日当日には、フランス国鉄やエールフランス、公立学校、郵便局といった公共部門の職員だけでなく、銀行や自動車関連産業といった民間部門の労働者もストに参加した。国鉄ではTGVの運行が通常の60~40%になるなど、乗客にも大きな影響がみられた。

全国各地で集会・デモ行進が行われ、パリやマルセイユ、ボルドーなどの大都市をはじめレンヌやルアーヴルなどの中規模都市でも多くの労働者が参加、デモには病院や福祉、高等教育機関関係者、民間企業の社員、さらには退職者、失業者、野党政党員などさまざまな人々が参加した。参加者数は労働組合発表で300万人(警察発表で120万人)に上り前回1月29日を上回り、サルコジ大統領就任(2007年5月)以来、最大のものとなった。

5月1日のメーデーも大衆運動としての大きな盛り上がりを見せたが、秋には観光国フランスの耳目を驚かす争議も起こったのである。 それは11月下旬パリの現代美術館ジョルジュ・ポンピドー芸術文化センターで始まった。印象派作品の収蔵で名高いオルセー美術館、ロダン美術館がこれに続き、12月3日にはルーブル美術館へと広がり、ついにはベルサイユ宮殿にまで及んだ。さらには文化省管轄の諸名所たとえば凱旋門やノートルダム寺院の鐘楼、サント・シャペル教会なども職員のストライキによって閉鎖された。これは、政府が今後の職員補充を「退職者数の半数に限定する」としたことが直接の契機であったが、雇用不安や労働者の権利に挑戦するサルコジ政権への根強い反発があったといえよう。

2.金融・経済危機後のフランス
2008年9月のアメリカ「リーマン・ショック」を契機に始まった金融危機がヨーロッパに波及、実体経済にも大きな影響を与える中、サルコジ政権は総額360億円に上る金融支援や3兆円を超える企業支援重視の経済刺激プランを打ち出してきた。

政府雇用統計によれば、リーマン・ショック後の2008年11月には、前月比6万4000人の失業者増があり、2009年に入ると、1月から1ヶ月間で9万2000人(4.3%)増加、2月末には総数220万4500人に達した。長期失業者も増加、公共職業安定所登録期間が1年以上の長期失業者も1月末時点で、前年比8.6%増加、53万3100人に達していた。 これに対して政府のとった経済対策としては、サルコジ大統領が、08年12月4日に2年間で260億ユーロ(約3兆円)の景気対策を発表。①民間部門での投資支援(R&Dへの法人税控除、付加価値税の還付)、②インフラ整備などの公共投資計画の積み増し・前倒し、③政府系金融機関を通じての中小企業融資への信用保証枠拡大、④国営企業によるインフラ投資、⑤企業の新規投資に関する事業所税の時限つき全額免除などであった。これに対しては、増大する失業・生活不安の実態を踏まえて、企業優遇に偏っているとの批判が高まり、労働組合のみならず国民一般の中にも反発が広がっていた。

1月29日のストライキの背景には、こうした経済問題があったのだ。しかもこうした企業支援重視の経済刺激政策だけではなく、サルコジ政権が進める教育・医療・司法などあらゆる面での新自由主義的「改革」に対しては国民の不安と反発が強まっていた。世論調査機関CSAによれば国民の69%がストとデモに共感を示したという。 1月29日の大規模ストライキに直面して、サルコジ大統領は09年2月に入って、労働者・国民への生活支援政策を打ち出すことを余儀なくされた。①不況・操業短縮による一時的休業手当の引き上げ(給与の60%レベルから75%へ)、②所得税最低課税区分層(税率5.5%)の税支払いを3分の1に軽減、③失業手当の受給資格なき失業者に500ユーロの特別給付金供与、④在宅介護手当需給の66万世帯、6歳未満の幼児を抱え託児サービス支援受給の47万世帯、障害児を抱える14万世帯などに対して、1世帯あたり200ユーロのサービスクーポンの支給。これらの施策を発表したが、それらを総計しても、総額26億ユーロにとどまった。こうした状況の下で、先にみた3月19日のゼネスト・大規模デモという事態が不可避なものとなったのである。

3.サルコジ政権の軌道
かえりみれば、その登場以来サルコジ大統領・政権と労働界との間には、強い緊張関係があったと言える。2006年の春、当時のド・ビルパン首相が、雇用問題の焦点であった若者層の新規採用をめぐって、いわゆる「初期雇用契約制CPE」(16~25歳の若者採用にあたり、使用者に2年間の理由説明抜きの解雇権を保証する)導入を試み、就職に向かう学生たちと雇用保護をレゾンデーとるとする労働組合からの猛反発にあって、ゼネストと連日の100万人を超える大デモの前に法案撤回を余儀なくされ、次期大統領候補レースからも脱落した。このときサルコジが、強硬派として事態収拾に手際を見せ、前年の「若者暴動」鎮圧の手腕もあって政治的知名度を高め、2007年5月の選挙で大統領に就任したのである。

周知のように、サルコジ大統領はEU首脳の中では珍しく新自由主義的思想の持ち主であり、選挙スローガンにも「働きたい者がもっと働き、もっと稼ぐ」を掲げていた。政権に就いてからは、シラク前大統領のイラク侵攻批判以来冷え切っていたアメリカ、ブッシュ政権との関係を修復する一方で、内政においては、多方面にわたる「改革」に着手した。 競争促進政策を通じての経済成長を志向し、これに対応して雇用・労働政策の面では規制緩和、たとえば超過勤務手当にかかる所得税・社会保険料の軽減措置により、超過勤務を促進して労働時間の延長を容易にする、またフランス的慣習を破って法的に日曜労働を可能にするなど、これまでに定着していた「週35時間労働制」の実質的な骨抜きを図った。

一方では、大規模ストライキを抑制するために、公共交通機関に、ストで運行ダイヤの混乱が予想される場合にも最低限の運行を義務付ける法律を立案、この法律はまた、スト前の労使交渉実施の法的義務付け、スト参加者には48時間前のスト参加意思表示の義務付けを含んでいた。また、65歳未満での定年制度の廃止や年金前倒し受給への課税強化、中高年失業給付受給者についての求職活動免除制の段階的廃止などの政策もあり、労働組合運動が積み上げてきた権利と生活を脅かすものであり、労働組合は、2007年10月から11月にかけてのフランス全土に及ぶ大ストライキをはじめとして、この間サルコジ政権との対決姿勢を強めざるを得なかったといってよい。2009年の事態は、フランス労働組合がサルコジ政権に屈服しても黙従しない限り不可避の成り行きであったといわねばならないだろう。

4.フランス労働組合の草の根
私見によれば、フランス国民そして労働者たちは、集権的指令に従って整然とした集団行動をとることは苦手である。「フランス・デモ」はその象徴だと言える。政治的にも2大政党制にはならず小党分立型であり、労働組合界も8大全国労働組合といっても最大のナショナルセンターであるフランス民主労働総同盟(CFDT)でさえも傘下の組合員は約80万人にとどまり、8大労組傘下の組合員をまとめても、労働組合組織率は全労働者の10%以下でしかない。それならば影響力も弱いのかというと、意外な強さを発揮する。

09年のゼネストにあたっても、労働組合の全国本部から地方支部そして職場へという指令系統に沿った動員型のものではなく、連携する諸労働組合の呼びかけに対して、個々の労働者一人ひとりが自分の意思、自己責任で行動に参加する態のものであった。一見したところ必ずしも統制がとれていないように見えるが、そこには個人主義に根差した確信的行動の強さがあるともいえようか。2008年秋からの世界金融危機、経済危機が深刻化する中で、先進諸国の労働組合運動が萎縮しているかに見えるとき、フランスの労働者たちは、身についた個人主義・市民主義に支えられて、今もしたたかな反骨心を示し続けているといえよう。

-----------------------------------------------------------------------------
紙幅の制限もあり、文献資料は略記にとどめる
独立行政法人労働政策研究・研修機構 「海外労働情報」各号
JETROパリセンター「フランスの経済情勢」2009年4月
『Financial Times』各号
European Industrial Relations Review 2006年、各号
Financial Times 各号
日本経済新聞、朝日新聞、各号

 『Int'lecowk―国際経済労働研究』 2010年3月号(通巻998号)掲載 

 


Int'lecowk の他の最新記事