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【第6回】独キルヒメディアの破綻が意味するもの

はじめに

米国企業のスキャンダルばかりに耳目が集中した2002年であったが、メディア産業においては、欧州でも米国にまけないスキャンダルが続出した。これ は、企業の危機が不正会計のみからくるものではなく、現代社会のもっと奥深い所から生まれていることを示している。現代メディアが、新技術を競って導入す る過程であくなき市場の独占を目指すことの無理さが、至る所で露呈してきたのである。

キルヒグループの破綻

独では、2002年4月8日、大手メディアのキルヒグループの主要企業である「キルヒメディア」(KirchMedia)が、ミュンヘン地裁に会社更生手 続き適用を申請した。負債総額は、65億ユーロ(約7500億円)と、独では戦後最大規模の破綻となった。キルヒグループは、創始者、レオ・キルヒ (2003年現在、76歳)が、バイエルン州ミュンヘンに一代で築き上げたメディア帝国である。第1歩は、1950年代、妻の実家から6000万ドルを借 り受けて、伊映画の巨匠フェリーニに直談判の末に獲得した名作「道」の放送権を得たことがグループの最初の事業であった。
キルヒグループは、長年バイエルン州地方政権の恩恵に浴してきた。州経済の原動力をなす企業として、外部の銀行家が首をかしげるリスクの高い融資も、州 立銀行から手に入れてきた。 保守派の野党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)の首相候補として2002年9月の独総選挙に臨んだシュトイバー州首相をはじめ、同党の有力メン バーが、キルヒグループの役員に名を連ねていた。「不透明な取引、政財界指導者とのあからさまな癒着関係、半官・半民銀行の迎合的な融資」と、英経済紙 『フィナンシャル・タイムズ』は、キルヒ破綻を導いた「独型資本主義」の欠陥と限界を悪意に満ちて突いた。2002年の総選挙で首相再選を目指していた与 党社会民主党(SPD)党首、シュレーダー現首相は、州の経済的業績をバックに優勢に立つ政敵シュトイバー候補の「経済政策における無能力と人間的不誠 実」を攻撃する好機として、キルヒ破産を利用した(三崎ロイヨ由美子、http://www.seikyo.org/article177.html)。

キルヒの命取りになったフォーミュラ・ワン

キルヒメ ディアは、自動車レースのフォーミュラ・ワン(F1)やサーカーのワールドカップなどのビッグイベントの放映権を買い漁った。さらに欧州を中心とする数々 のメディア買収に走った。そのいずれも運営がうまく行かなかったのに加え、広告収入の減少などが重なり、破綻に至ったのである。
F1(Formula 1)というのは、1947年に国際自動車連盟(FIA)によって制定された自動車レースの規格(Formula)のことであり、具体的なレース名を表すも のではない。一般にF1という名でイメージされている自動車レースとは、F1グランプリと言われる世界選手権のタイトルレースのことであり、当然、F1の 規定で行われている。第1回のF1世界選手権は1950年5月13日、英のシルバーストーンで開催された。年間1617戦もの多数の大会が世界中を転戦 する形で行われている。世界中のスポーツイベントの中で、オリンピック、ワールドカップサッカーに次ぐ大規模のテレビ観戦者がいるといわれている (http://www.geocities.co.jp/MotorCity-Race/9527/kouza1.html)。
このF1を現在牛耳っているのが、FIA副会長のバーニー・エクレストンである。彼は1999年と2000年、英国の年間所得ナンバーワンとなり、年間 所得は6億1,700万ポンド(約900億円)にも達している。これは、2001年4月22日付『サンデータイムズ』紙が報じたもので、この収入は英国人 の最低労働賃金、時給3.70ポンド(約541円)で計算すると8万人分に相当する。彼は、F1ビジネスを構築し、テレビをはじめ放映権などを次々と獲得 したうえで、それを転売することで巨額の富を生み出しているのである(中島祥和、http://www.yomiuri.co.jp/hochi/car /2000/f1/f11/f1124brit.htm)。
FIA(国際自動車連盟)の本部はスイスのジュネーブにあり、現会長はマックス・モズレーが務めている。その下にFOA(F1管理会社)という団体が存 在する。こちらはF1の権利関係を一手に握っている組織で、その会長がエクレストンである。FOAには、かつてFOHという別会社が存在していたが、現在 はSLECという会社名に改められている。旧社名のFOHはフォーミュラ・ワン・ホールディングスの頭文字からなり、F1の商業的権利を一手にする会社 だった。現在のSLECは、バーニー夫人のファーストネーム、スラヴィカ(SL)とファミリーネーム、エクレストン(EC)を組み合わせたものである。 F1が完全にエクレストンによって私物化されていることがこの一事で分かるだろう。SLECは、サーキット広告以外の一切のF1に関する権利を掌握してい る(永井史郎、http://www.autoascii.jp/auto24/issue/2001/0529 /26nrr_sn0529_01.html)。
SLECの全株はバーニー・エクレストンが保有していたが、2001年に70歳になったバーニーが、キルヒグループ創始者のレオ・キルヒにSLECの株 の75%を売り渡そうとした。さらに、バーニーは、FIA内の反発を抑えるために、同氏とキルヒ側が25%ずつSLECに譲渡し、SLECとキルヒグルー プが50%ずつ株を分け合うという妥協線を出した(http://www.yomiuri.co.jp/hochi/car/2001/f1/04 /010423column.htm)。
さらに2001年4月24日、奇妙なことが起こった。FIAが、F1グランプリのテレビ放映権や肖像権を含むコマーシャル・ライツ(商用権)の使用を SLECに対し100年間もの延長を認めたと発表したのである。この決定は2001年4月24日パリで行われたFIA世界評議会でなされたものであり、こ れによって、SLECは現在の契約が切れる2010年から、2110年までの商用権を得たことになる。延長の権利金は3億1,360万ドル(約376億 円)であった(永井史郎、http://www.autoascii.jp/auto24/issue/2001/0628/14nms_sn0628_02.html)。当然、バーニーは、その転売先を物色していたのである。

高騰するスポーツ放映権

1997年6月にFIFA(国際フットボール連盟)から2002年と2006年のワールドカップ放映権を買いとり、その名を世界中に知らしめたキルヒだ が、キルヒがFIFAに支払った2つの大会分の放映権獲得料は28億スイスフラン(約2300億円)という巨額のものであった。FIFAがITC(国際コ ンソーシアム)との間で結んだ過去の3つの大会(90年、94年、98年)での放映権獲得料が5億7000万スイスフラン(約468億円)であったことか らすれば、この金額の巨額さが分かるだろう(二宮清純、http://www.ninomiyasports.com/nsports/soccer/juku/bn/j011221.html)。
欧州中の銀行からカネを借りまくって、02年、06年のワールドカップ放映の「卸問屋」となったキルヒだが、共同パートナーだったISLが2001年の春先に破綻し、放映権の独占を確保したのに、その1年後倒産の憂き目にあったのである。
ISLは、独のアディダスと、日本の電通が共同出資して設立したもので、アベランジェ前会長によるワールドカップおよびFIFAへの支配力拡大の原資だ と言われていた。アベランジェ・ISLラインに対して独以外の欧州勢力がまとまって反旗を翻したのである (http://www.sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/mega/bn/mega09_3.html)。
独銀行団が牛耳る債権者委員会は、2002年10月29日、ハンブルクに拠点を置く独資本、ハインリヒ・バウアー・フェアラーク(Heinrich Bauer Verlag)という独で有数の大出版社に独占的交渉権を認めた。決定会議は、わずか1時間討議されただけで終わった(Business Week, December 30, 2002, pp.20-21)。独ナショナリズムが押し切ったのである。

株式交換の落とし穴

キルヒメディアに限らず、短期間で巨大化した企業のほとんどは、株式交換によるM&Aに邁進してきた。株式交換によって、現金がなくとも相手先 企業を買収できたのである。つまり、市場で高い価格がつけられている自社株を武器に、割安の株価がついている相手企業との株式と有利に交換するのである。 最近の株価は企業業績を見て形成されるよりも、アグレッシブな買収作戦を取っている企業のポーズによって左右される。売上げがはるかに小さくても、市場に 人気があるために、株式時価総額が相手を上回れば容易に買収攻撃ができるのである。しかし、株価が下がればまず買収ができないどころか、競争相手によって 買収されてしまう。巨大企業の頓死は、そうした株式市場の気紛れの反映である。


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