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巻頭言 過去最多水準で推移する子どもたちの自殺

(公社)国際経済労働研究所 会長 古賀 伸明

 日本の自殺者数は、長い目で見れば減少傾向にある。2003 年には年間 3 万人を超えていた自殺者は、その後の総合的な対策や経済状況の変化もあり、近年は 2 万数千人台まで減少し、昨年は 2 万人を切った。しかし、この「改善」の陰で深刻さを増しているのが、若者や子どもたちの自殺だ。

 小中高生の自殺者数は近年、過去最多水準で推移し、年間 500 人を超える状況が続いている。日本では 15 歳から 39 歳までの死因の上位に自殺が位置しており、若年層にとって自殺は決して例外的な出来事ではない。10 代後半に限らず、10 代前半、さらには小学生の自殺も報告されている事実は、社会に重い問いを突きつけている。

 若者や子どもの自殺の背景は単純ではない。学校生活のストレス、進路や受験への不安、友人関係の葛藤、いじめ、家庭内の不和、経済的困窮、そして精神的な不調など、複数の要因が絡み合う。

 とりわけ近年は、女子生徒の自殺増加が指摘されており、自己肯定感の低下や対人関係の悩みが深刻化していると分析されている。背景には、SNS を通じた絶え間ない比較や評価、誹謗中傷の拡散、過度な自己演出の文化など、デジタル社会特有の圧力もあるだろう。だが、SNS や薬剤の過量摂取といった表面的な現象だけを問題視しても、本質には届かない。問題は、それらに向かわざるを得ないほどの「生きづらさ」が、若い世代の内面に広がっていることにある。

 「生きづらさ」とは何か。それは、自分が必要とされていないと感じる孤独であり、失敗が許されないという思い込みであり、将来に希望を描けない閉塞感である。日本社会は長らく、努力と忍耐を美徳としてきた。だが、努力が報われるという確信が持てない時代にあって、若者は不安定な雇用環境や過度な競争の中で将来像を描きにくい。

 家庭でも学校でも、無意識のうちに「こうあるべき」という期待が重なり、その重圧が心を追い詰めることがある。とりわけコロナ禍は、人と直接会う機会を奪い、孤立を深めた。部活動や学校行事の中止、日常の雑談や寄り道の消失は、若者にとって想像以上に大きな喪失だった可能性がある。

 自殺は個人の弱さの問題ではない。それは社会の関係性の歪みが最も深刻な形で現れた結果である。だからこそ対策も、医療やカウンセリングの充実だけでは足りない。もちろん、専門家による早期介入や相談体制の拡充は不可欠だ。しかし同時に、学校や家庭、地域社会の中で、安心して弱音を吐ける空間をつくることが重要である。

 私たち一人ひとりにもできることがある。身近な子どもや若者の小さな変化に気づくこと、話を遮らずに最後まで聞くこと、沈黙を恐れずに寄り添うこと。自殺について話題にすることを避けるのではなく、必要なときには正面から向き合うことも大切だ。声なき声に耳を傾け、助けを求めるサインに気付き、専門機関につなぐ行動が、命を守る一歩になる。

 さらに社会全体としては、若者が多様な生き方を選べる環境を整えることが不可欠だ。学歴や収入だけで価値を測るのではなく、失敗や回り道を許容する文化を育てること。正解を急がず、それぞれのペースを尊重する教育への転換。地域での居場所づくりやオンラインを活用した相談体制の拡充も必要だ。重要なのは、「孤立させない」仕組みを重層的に築くことである。

 全体の自殺者数が減少しているという事実に安堵するだけでは、若い命の危機は見えなくなる。未来を担う世代が、自ら未来を閉ざしてしまう社会であってはならない。子どもや若者の自殺は、社会からの警鐘である。

 家庭で、学校で、職場で、地域で、誰か一人の心の重荷が、ほんの少し軽くなる社会を目指して、互いの存在を認め合う小さな実践を積み重ねたい。若者や子どもたちが、「これからも生きてみよう」と思える環境を整えることこそ、今を生きる大人の責任である。

2026.4

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