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所長コラム7:課金とゲーム依存症

はじめに

あるウエブ・サイト(http://hinemoto1231.com/idea/spent-a-lot-of-money-on-games)に「スマホ・ゲームに100万円課金した俺は『馬鹿』か?」という1人のブロガーのつぶやきが載っていた。
「課金した」という表現の意味が分からなかったので、いろいろなブログの告白記事に当たってみた。そのほとんどの書き手は「課金する」という言葉を使っていた。不可思議な言葉だなと思いながら、不快感を押さえつつ読んでいるうちに、「能動態」と「受動態」の混同であることがやっと分かった。彼らが、「自分でお金を支払うこと」を「課金する」と表現していることに。
本来ならば、ゲーム運営会社から「課金された」(支払わされた)と言うべきところを、「された」のではなく、自らの意思で「課金した」(支払った)という意識上の変化を、「課金されている」当人たちは、起こしているようだ。  
ことほどさように、スマホを駆使するSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス=対話をこれまでのものに比べて、遙かに大量にかつ多数者間で交わせる仕組み)の参加者の言葉の劣化は猛烈な勢いで進んでいる。 「課金とゲーム依存症」について、スマホのゲームに嵌(は)まった人たちのつぶやきを通して語りたい。


 1. 「無料」のゲームに仕掛けられている「課金」

上で掲げた投稿をした人の文章を拾い読みしてみよう。
「もともとはそんなにスマホアプリをやるタイプではなく、社会人になってはじめた『クラッシュオブクラン』(1)というゲームで初めて課金しました」、「『クラッシュオブクラン』には合計で10万円ほど課金しました」が、「少しずつ課金していたので、月平均で数千円程度でした」、そのうちに、『白猫プロジェクト』(2)に出会い、「めっちゃハマり」、キャラが個性的で集めたくなってしまいました。キャラを手に入れるためには『ジュエル』(3)という課金アイテムを使ってガチャ(4)を回す必要があります。時には好きなキャラがでるまでガチャを回しまくりました。ある時、これではマズいと思って、1か月1万円までとルールを決めました。しかしその範囲内で欲しいキャラが出ないと、『あと1万円だけ…』となってしまい、また課金。ついには、3万円課金したけど、キリが良いから5万円までなら大丈夫かな、と完全に意味不明なトランス状態に突入することもありました。結果として、この『白猫プロジェクト』にかなりの大金をつぎ込むことになったのです。 」
無料のゲームであるというルールを守りながら、どう工夫すれば、ユーザーの射幸心を適度に煽(あお)って課金に結びつけるか?というのが、ゲーム運営者と開発チームの手腕となる。
アイテムやキャラといっても、結局はデジタルのデータに過ぎず、ゲームが閉鎖(業界用語でクローズという)したら一銭の価値もなくなるので、ユーザーにとっては、いま、取り組んでいるゲームで得られる価値こそが重要である。
別のサイトで、ゲーム運営者の本音が紹介されている。
(スマホ・ゲームの開発・運営会社にとって)「お客様一人一人から課金されるお金がゲームを作っている人たちの利益(=給料)につながっています。その上、日々分刻(ふんきざ)みで売り上げの状況がわかるので余計にダイレクトに感じてしまう部分はありました」、「単純に女の子の水着キャラを入れたら課金が増えるとか、人気キャラの新しい絵を加えたら上がるとかは過去のデータの統計としてあるので、そういう施策を定期的に行って運営していくのですね。作っている側からすると、中途入社した当初は、『そんなことにお金払うの?』とか思っていましたが、これが驚くくらい露骨に売上あがるんですよ。ユーザーの皆さんは、いいようにもてあそばれないよう、どうか気をつけてくださいね。」(「ガチャってなに?規制されるとスマホ・ゲームってどうなるの?」、https://conte-anime.jp/life/gacha-app)。


2. スマホ・ゲームを止めさせない仕掛け

スマホ・ゲームの中毒性は非常に高い。しかも、中毒性を高める様々な仕掛けが用意されている。
一定の時間でゲーム内のキャラクターの体力が回復する仕組みなどはその代表例である(5)。ゲーム内での戦いで敵の武器になるキャラクターを倒したはずなのに、ゲームを中断している間に当のキャラクターが生き返る。そのために、すぐさまゲームを再開するのだが、結局、戦いは延々と続くことになる。ゲームができない間も、ゲームのことが気になるようになっている。
ゲーム用語では、「交流」という言葉も多用されている。友人と協力すると、自分も得するという「交流」も、ゲーム依存を深める要素の1つである。さらに、アイテム収集欲、闘争欲、周りのユーザーからの評価や承認なども、中毒性を高めて課金に応じさせる仕組みである。
LINE系ゲームは、LINEの友人関係を巻き込み、「招待」をポイントに換えている(6)。 LINE系ゲームに嵌まったある中学生の告白を紹介したサイトがある。
「ゲームをやらないと友だちから浮いちゃうからやるの。招待されたり、体力回復アイテムをおねだりされたりするし、無視するとやばい。LINEの新しいゲームが話題に出たらやらなきゃついていけない」。
LINEのゲームは流行(はや)り廃(すた)りの波が大きい。この中学生は、ゲームが1つ廃れるたびに、友人たちの間で流行している新しいゲームを始めるという。LINEの友人たち同士でつながってアイテムを送り合ったり、招待したりすることで自分にもメリットがある。この仕組みが、人間関係とゲームを強固に結び付け、子供たちを嵌める。
「自分がやりたいのじゃなくて、付き合いだから」とこの中学生は心境を語っている。
ゲーム中毒を促進させる要因には、競争心もある。あと少しで勝負に勝てる、というところまで行くと、勝つためにお金を注ぎ込んでしまいやすい。しかし上には上がいて、勝負は永遠に終わらない。
「あと少しというところで体力がなくなる。もう少しでクリアできるし、わずか数百円だし、お小遣いで足りると思ってお金を使ったら、気付いたときには数万円もつぎ込んでいた」という高校1年生の言葉もこのサイトは紹介している。
「交流」を謳い文句にした人気ゲームに、2009年にサービスが開始された「アメーバ・ピグ」がある。自分にそっくりな「アバター」(ピグ)を作り、代々木公園などを模した広場(オープン・チャット・ルーム)などでチャット(コンピュータ・ネットワーク上のデータ通信回線を利用したリアルタイム・コミュニケーションのこと。雑談を意味する英語)を行うのがメインの機能である。
アバターを「アメーバブログ」(7)等でプロフィール写真代わりに利用できる。カメラ」機能を用いて撮影したチャットの様子がアメーバブログの画像フォルダに保存され、自分のブログで簡単に使用することができる。「嵐」や「マイケル・ジャクソン」などの芸能人そっくりピグも登場しているだけでなく、実際に芸能人本人がピグを作成しチャットに参加するケースもある。運営側が公認した「オフィシャルピグ」には頭上に「★」マークが付けられている。
ゲームの運営会社は、アイテム取得に課金制を採っていて、ほとんどのアイテムを有料のコイン(仮想通貨)で購入させている。有料アイテムの売上は、2009年7月時点で月間数千万円、2010年3月時点で月1億円超と伸び続け、2010年12月にはアメーバピグ内でのコインの月間流通量が約6億円に達した。2016年9月期決算での売上高は、連結で3,000億円を超え、単独でも1,700億円超と瞠目すべきものであった(ウィキペディアより)。
「アメーバピグ」は18歳以上のユーザーを対象としたサービスとされており、18歳未満のユーザーに対しては、親権者の事前承諾の上で、保護者と一緒に利用するよう求めている。しかし、違法ユーザーは後を絶たない。アメーバピグを「ヴァーチャル性行為」(「ピグH」と呼ばれている)を目的に使用するユーザーもいる。
前身が角川系の出版社である「エンターブレイン」は、ゲームの市場調査も行っている。同社が、2012年に公開した「SNSアプリユーザー行動心理レポート」によると、「ソーシャルゲーム」を続ける理由は、「モノを集めたい」(30.8%)がトップで、続いて「人とつながりたい」(20.3%)、「人に勝ちたい」(18.9%)、「優越感を味わいたい」(10.4%)、「人に認められたい」(6.8%)、「人の役に立ちたい」(5.0%)であった (https://www.enterbrain.co.jp/up_files/bulletin/sns.pdf)。  とにかく人とつながりたい。優越感も広い意味での「つながり願望」である。これが、スマホ・ゲームとゲーム機などを使うゲームとの最大の違いである。
同調査では、課金サービスを使った動機についても聞いている。それによると、男女全体では「時間短縮アイテム」の取得のためが 25.6%で第1位だったが、男女別で見ると、男性では「ステータスアップアイテム」を買うため(29.8%)が、女性は「アバターアイテム」を入手するため(27.3%)が、第1位であった。男子は自らが強くなるために使い、女子は自分を飾り立てるために使うという性差がはっきり出ていた。
こうした女性心理を巧みに利用したのが、「モバゲ」のアバターである。このアバターの最初の格好は、裸足で下着のような服を着ていてみすぼらしい。「モバゲ」のゲームでは、どこにいてもそのアバターが自分の分身として表示される。したがって、女子は、課金サービスを使って周囲に負けないように、個性的でかわいらしい格好をしたアバターに変える。みすぼらしい格好のままでは、幼い女の子には我慢できないことなのである。
服を手に入れるためのガチャは初回だけ無料である。しかし、1回でも回すと心理的抵抗感が低くなるので、2回目以降は、有料とは知りつつも次々と回してしまう。
売春未遂で補導された中学2年生の女の子は、その動機を聞かれて答えた。
「課金しないとかわいくなれない。他の子が持っていない洋服やアイテムを持っているとみんなにうらやましがられる。みんなに、すごい、かわいいと言われたかった」と。
ここには、「承認されたい」という強い欲求が現れている。友だち関係の中でうらやましがられるためになら、ゲームに資金を注ぎ込むことを厭わない。つまり、思考が停止し手段を選ばなくなっているのかもしれないと、このサイトの執筆者の高橋暁子氏は嘆く(「スマホ・ゲームのアリ地獄、競争心をあおって課金する仕組み」『日本経済新聞』2014年7月2日付電子版)。


3. 中高年が嵌まる「ポケモンGO」

スマホ向けゲームの「ポケモンGO」が海外を皮切りに配信されて2017年7月6日で丸1年が経った。
このゲームは、米国のゲーム会社(グーグル系)「ナイアンティック」と、「任天堂」系の「ポケモン」が共同開発したもので、まず米国とオーストラリア、そして現在150以上の国と地域で展開されている。キャラクターの「ポケモン」を集めたり、戦わせたりして遊ぶ。それは、スマホの位置情報を基盤にして、現実の地図とヴァーチャルな世界を組み合わせた「拡張現実(AR)ゲーム」と呼ばれている。
「ポケモンGOブーム」と呼ばれる社会現象が世界中で起こった。日本でも同様であった。調査会社の「ヴァリューズ」の推計によると、ユーザーは、上陸直後の7月の1か月間だけで1,100万人にも上った。
ただし、日本では、半年足らずでユーザー数が半減した(第2期以降、再び増加基調になってはいるが)。とくに20~30歳代の若者の割合が、この1年で、62%から52%に低下した。逆に40歳以上は38%から48%に上昇した。
「ポケモンGO」には、「珍しいキャラクター」(レアアイテム)が数多く出現する「聖地」がある。大阪市の「天保山公園」は代表的な聖地で、当初は若者らが押し寄せたが、いまでは様変わりして、目立つのは中高年のプレイヤーである(『神戸新聞』2017年7月6日付朝刊)。
この現象は、運動する機会の乏しい中高年が、キャラクターを集め、「ジム」という戦いの場まで出かけなければならないように、歩くことを基本としたこのゲームを楽しく利用しているからであると、解釈されている。予防医学の専門家の多くがこのような見方をしている。しかし、はたしてそうであろうか?健康のために運動するのなら、従来からも軽いジョギングの習慣があったではないか?
上記の『神戸新聞』の記事によれば、「天橋立観光協会」では、ポケモンGOの運営会社(「ポケモン」)と連携して、周辺の観光スポットとゲームのアイテムの入手場所を合わせた地図を2017年3月に公表した。「地元の良さを伝えるきっかけになる」ことを期待してのことだという。宮城、福島、埼玉、京都の各府県の市町村でも同様の作製が相次いでいる。
しかし、ここでも、私は疑問を抱いてしまう。ポケモンGOが観光に役立つと言われても、その根拠は怪しいのではないか?別にポケモンGOに頼らなくても、従来から観光業界は、各種の広告で観光客を誘致してきていて、成果も結構あったではないか?それが、なぜいまはポケモンGOなのか?
事実、その取り組みを紹介した同紙ですら、「観光客の増加につながるかは未知数のまま」であると逃げを打っている。
きちんとした調査をせずに、結論じみたことは言うべきではない。それでも、私は、こうした解釈は、安直すぎるとの不満を覚える。昨今の中高年層の「ポケモンGOブーム」には、この年齢層の「哀しみ」が表現されているのではないだろうか?
ポケモンGOは、他のゲームに比べて非常に単純である。運営会社も、ゲームの方法をどんどん簡素化し、レアアイテムの入手を容易にするように工夫しだした。つまり、若者のような俊敏さを失っても、スローな中高年でも十分参加できるゲームになっていることが最大の要因として指摘できる。
それでいて、ゲームに嵌まる3要件をすべて供えている。先述した①「交流」(見知らぬ人たちの薄い仲間意識の醸成)。「ジム」で仲間を組んで敵方を倒し、エネルギーが乏しくなれば、誰かが補給してくれるという見知らぬ人同士の協力関係の仕組み。②長時間「ジム」を支配すれば、稼げるという「優越感」のくすぐり。③キャラクターをとにかく集めて、より高度なアイテムを手に入れるという「射幸心」。
素顔をさらすことなく、アバター的分身に仮装し、ペンネームで参加できて、現実の煩わしい人間関係をその間、忘れ去ることができるという点は、実社会に疲れた中高年層にはピッタリの仮想現実である。
もしそうだとすれば、中高年層のポケモンGOブームは、単に「健康に良い」といって歓迎すべきことだろうか?私には、極めて危険な「社会的病理現象」に見える。
この点に関連して、気になる調査結果が、米国の大学から発表されている。
米国「ピッツバーグ大学・健康科学校」の副代表補佐、ブライアン. A. プリマック博士のチームが、2014年に、米国在住の19~32歳の1,787人と接触し、「ソーシャル・メディア」(SM)の利用状況と鬱病発生リスクとの相関性を調査した。調査対象者は、平均で1日61分間SMを使い、1週間に30回利用していた。  調査によると、SM利用者の4分の1もの人が鬱になるリスクにさらされていることが判明した。SM利用頻度がもっとも低い人に比べ、利用頻度がもっとも高い人のリスクは2.7倍にも上った(https://academicminute.org/2016/05/brian-primack-university-of-pittsburgh-social-media -and-depression/)。
おそらく、現在の日本ではこれよりもはるかに高い数値になっているであろう。
ネット依存の予防啓発活動を行っている民間団体「エンジェルアイズ」代表の遠藤美季氏は語っている。
「ネット依存の傾向の強い人に、気持ちの落ち込みや自殺願望を訴える人が多いのは確かです。」
SNSに関する相談事の中で、「ツイッター」への不安感がもっとも多かった。ツイッターとは、周知のように、「短いつぶやき」を意味する「ツイート」を複数の人と共有できるシステムである。
「ツイッターは匿名でアカウント登録ができるため、不満をぶちまけるなどストレス発散に利用している人がたくさんいます。しかし、中高生では『投稿にどんな反応が返って来るのか気になって、夜眠られない』といった相談が少なくありません。気分が落ち込んでしまうだけでなく、昼夜逆転して学校に遅刻してしまうなど、日常生活にも影響が出るので、うつになっても不思議ではないと思います。」
氏は、「LINEいじめ」についても語る。
「LINEでは、外見的なことを集団でからかう、『誰々があなたの悪口を言っていた』とデマを流す、恥ずかしい写真を「ネットに晒すぞ」と脅迫するなど、特定の人を精神的に追い込むようなことがしばしば起こります。早めに対処しないと大変なことになるのですが、生徒が家に帰ってから起こることなので、学校も対応に苦慮しているのが実情です。」
同じことが「フェイスブック」にも当てはまる。これは、写真やコメントを通じて、同じ趣味を持つ人たちの交流の場を提供するシステムである。しかし、このシステムは、「リア充」(現実の生活で充実していること)を競い合う場になりがちである。
投稿者は、日常生活を話している積もりなのに、受け手は往々にして嫉妬心に駆られる。受け手も負けまいと「リア充」ぶりを報告するが、今度は「いいね!」が返ってこないために落ち込む。人には「いいね!」が付くのに、自分には付かないと悩む。若者にフェイスブック離れが進んで、中高年のみがこれに頼っている現状も、中高年の「哀しみ」の現れではないだろうか?
ネット社会は自己を他の姿に装うことができる。つまり、「ヴァーチャル」な世界に逃げ込む場になっている。しかし、このことが元々対人関係を作ることが苦手な人を余計に追い込んでしまう。SNSを止めればいいのに、「孤独感」から逃れたい願望を持つ人がこれに嵌まるのである。
国立病院機構久里浜医療センターには、ネット依存で心身を壊した外来患者が130人いるという。同センターの院長・樋口進医師は警告する。
「オンラインゲームを1日何時間もプレイし続けるため、ほとんどの人で睡眠不足が常態化しています」、「そのため、勉強や仕事ができなくなり、家族とのもめごとやお金の問題も生じます。」
中国の上海交通大学医学院附属仁済医院の2011年の報告書によると、ネット依存の青年たちの脳に密度が低下した部位が見られた。
ネット依存症に早くから取り組んできた成城墨岡クリニックの院長・墨岡孝医師は言う。
「諸外国では、ネット依存によって脳細胞が破壊されていることを示唆する研究成果がいくつも報告されています」、「オンラインゲームを一日中すると、興奮してドーバーミンなどの脳内物質がたくさん出過ぎてバランスが崩れ、脳細胞が正常に働かなくなる」、「ネット依存で脳に起こる現象は、ギャンブル依存や薬物依存などと共通しています。依存症の人の脳を調べると、前頭前野という部分の機能が落ちています。この部分は快感を得たいという欲求を抑える役割をしているのですが、その機能が落ちるために、ギャンブルや薬物、ゲームを途中でやめるというブレーキが利かなくなるのです。一方で、快感がずっと続くとその感覚が鈍って、楽しいと感じにくくなります。そのため、余計に刺激の高いギャンブルや薬、ゲームを求めてしまうのです。」
前出の樋口医師が代表を務める厚生労働省の「様々な依存症の実態把握と回復プログラム策定・推進のための研究」班による2013年の調査によるとネット依存傾向を持つ成人は、日本国内で421万人に上ると推計されている (http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201317067A)。(ネット依存症に関する説明は、烏集徹「『SNSうつ』に気をつけろ!」『週刊文春』2017年6月22日号の記事に拠った)


4. ポケモンGOに漂う気になる影

「ポケモンGO」を若者たちが早々と見限ってしまった背景には、このゲームの操作が若者には簡単過ぎるということがある。確かに、ゲームの基本的な技は、ポケモンにボールを当てるだけのものである。この種のアイテム捕獲戦のゲームに慣れて、敏捷なことが誇りの若者たちからは、「単調過ぎる」と遠ざけられるようになったのも当然であろう。しかし、こうした単純なシステムが、少し上の年齢層の幅広いユーザー層を生んだと言える。
収益の柱である課金の構造も、一般のゲームに比べて「継続的に課金する大人向けになっている」とゲームのデザインやマーケティング面での専門家である「GMOインターネット」の世永玲生(よなが・れお)氏は言う。
ポケモンGOには、レアポケモンを直接入手できる「ガチャ」はない。つまり、他のゲームのような籤(くじ)は用いていない。
課金という「お金」を支払って入手できるのは、ポケモンを捕まえるためのボールやポケモンの保有枠を広げるアイテムなど、比較的小さいアイテムばかりである。
上記、世永氏によると、一見緩いこの課金システムに深謀遠慮が隠されている。その一端が、2016年9月16日に発売された周辺機器「ポケモンGOプラス」(3,500円)に見えるという。
ポケモンGOのこの周辺機器は、スマホ本体に接続して使う。近くにポケモンが現れると光と振動で知らせてくれる。狙うことなくただボタンを押すと捕獲できる。他愛のない機能である。しかし、この「ながら」で遊べるというのが曲者(くせもの)である。スマホ本体はLINEやウェブ検索に使いつつ、「GOプラス」が振動したらボタンを押すだけでいい。この「ボタンを押すだけでいい」というのが巧妙な罠なのである。
ボタンを押すたびにボールは確実に減って足りなくなる。ポケモンがどんどん捕まるから、それらを納める「保有枠」を広げたくなる。歩いた距離に応じてポケモンが出てくる。「タマゴ」も多く孵化(ふか)させたい。そのために課金を払う。つまり、ガチャのように射幸心に訴えるのではなく、「プレイヤーが納得して自ら課金」に応じる。以後、継続的にお金を払うことに納得するようになる(山田剛良「ガチャはもう古い、ポケモンGOのゆるい課金」『日本経済新聞』電子版2016年10月3日付)。
ここで、「ポケモンGO」の簡単な紹介をしておこう。ここにお集まりの皆様の中には、この種のゲームなど経験されておられない方が多いと思われるので、余計なことだとは知りつつも敢えて素描しておきたい。

ナイアンティック
運営会社の「ナイアンティック」は、サンフランシスコに本社を置き、代表者は「ジョン・ハンケ」で、2010年に設立された新しい会社である。モバイル機器を用いた位置情報アプリや位置情報ゲームを製作している。設立当初は、「グーグル」のスタートアップ(8)「ナイアンティック・ラボ」であったが、2015年8月に「グーグル」から独立して現在の社名となった。
2015年10月16日、「グーグル」、「任天堂」、任天堂系の「株式会社ポケモン」より3,000万ドル(推計)を調達し、2016年2月に「フジテレビ」などから500万ドルの追加資金を調達した。

ジョン・ハンケ
設立者のジョン・ハンケは、「キーホール」社の共同設立者でもあった。この会社は、後の「グーグルアース」につながる地理ソフトを開発して「グーグル」に買収されている。ハンケは、「グーグル・ストリートビュー」、「グーグルマップ」への参画によって巨大な実績を挙げた人でもある。
ナイアンティックという社名は、カリフォルニア・ゴールドラッシュの際にニューイングランドからサンフランシスコにやってきた捕鯨船ナイアンティック号に由来すると言われているが、真偽のほどは分からない。ニューイングランドのインディアン部族、ニアンティック族の名に由来する捕鯨船は、金鉱探しで財を成したい人々を満載しており、サンフランシスコ到着後は乗客も船員も金鉱に行ってしまった。船員のいなくなった船が港に放置され、後から後から押し寄せる船の邪魔になったため、ナイアンティック号など多数が陸に引き揚げられて倉庫やホテルなどに使われた。船の残骸はいまでもサンフランシスコの市街地の下に多数埋もれている。ナイアンティック号の船体も、1978年に再開発中に地中から発見された。ナイアンティックという社名はここから発想されたもので、いまいる場所についてほとんどの人は知らない興味深い事実を、ネットなどを使って、知る手助けをするという理想を掲げたものとも言われている。
これは、任天堂の岩田聡と株式会社ポケモンのCEO石原恒和が協力してお馴染みのポケモンキャラクターと「イングレス」を基礎とするAR を組み合わせたスマートフォン向けGPS位置情報ゲームである。

GPS、売上
遊び方は、スマートフォンのGPS機能を使用しながら移動することで、「ポケットモンスターキャラクター」の捕獲・育成・交換・バトルを画面上でプレイするものである。国内外の「イオングループ」の約3,500店舗や、「郵便局」、「マクドナルド店」、「ソフトバンクショップ」、「Y!モバイル」等々とも「ポケストップ」、「ジム」として連携している。2016年だけで、9億5,000万ドル(約1,090億円)の売上を稼いだ(後述するが最近の売上高は調べにくい)。

ポケモン、ウィロー博士
登場するキャラクターは「ポケモン」と総称されている。「ポケモンGO」の世界では、「ウィロー博士」という人物がこれらのポケモンを集めて様々な研究を行っていることになっている。

トレーナー
プレイヤーはポケモントレーナーとなり、現実世界を歩き、ポケモンを捕獲・育成・バトルをすることができる(交換はできない)。

モンスターボール、スワイプ
ポケモンが近くに現れると、スマホが振動してプレイヤーに知らせる。マップ上でポケモンの位置を確認し、プレイヤーが現実世界のその場所へ移動すると、ポケモンと遭遇できる。AR機能を利用しスマホのカメラ機能を作動させ、画面内に映る現実風景の上に重なるように現れたポケモンに対して、モンスターボールをスワイプして投げ、うまくポケモンに当たると捕獲できる。

ポケモン図鑑登録、ポケモンの巣
新しいポケモンを捕まえると、ポケモン図鑑に登録される。捕まえた場所も登録される。
レアを含む特定のポケモンが大量に出現するため、ポケモンの巣と呼ばれる場所がある。ポケモンの巣は1週間を目安に出現するポケモンが変わる。

CP、HP
ポケモンの強さを表す指標として、「コンバットポイント」(CP)がある。攻撃力、防御力、HP(ヘルスポイント=体力)などの数値と、ポケモンのレベルを加味して、計算される。各ポケモンには攻撃力、防御力、HPをそれぞれ16段階で評価した「個体値」という値が割り当てられている。この値が高いほど強いポケモンである。
また「アメ」や「ほしのすな」を使用してポケモンのCPをアップしたり、ポケモンを進化させることができる。改訂後の第2世代では、「たいようのいし」などの進化用アイテムも登場した。

孵化
ゲーム内には「ポケモンのたまご」もあり、ユーザーが指定された距離を現実世界で歩くことで、たまごを「孵化」させることができる。たまごの孵化で手に入るポケモンは個体値が高く、バトルに強い。

アメ、ほしのすな
育成に必要な「アメ」や「ほしのすな」は、ポケモンの捕獲、たまごの孵化等で手に入れることができる。
個体値は固定されてしまった値なので、バトルに邁進する人は、高個体値を持つポケモンを探すことに夢中になる(「厳選」という)。

トレーナーレベル
トレーナー(プレイヤーのこと)にもレベルがある。「トレーナーレベル」である。これは、トレーナーの強さを表す指標である。トレーナーレベルが高くなると、「スーパーボール」や「ハイパーボール」、「すごいキズ薬」など高性能なアイテムを入手できる。さらにポケモンの強化上限をさらに上げたり、高CPのポケモンが出現しやすくなる。トレーナーレベルは1から始まり、上限は2017年5月末時点で40である。

ポケストップ
ポケストップは、様々なアイテムを補給できる拠点である。マップ上のあらゆる場所(名所旧跡・有名なモニュメント等)に配置されており、モンスターボールや回復アイテムなどの道具が無料で手に入る。
ポケストップの位置情報やその名称は、「イングレス」のポータルのデータが流用されている。

チーム
トレーナーレベルが5以上になると、ゲーム内の3つのいずれかのチームに加入できる。チームは、「チーム・ヴァーラー」(赤)、「チーム・ミスティック」(青)、「チーム・インスティンクト」(黄)の3つである。3つのうち、いずれかのチームに所属すると、トレーナーはそのチームの一員として味方ジムの防衛や、相手ジムの攻撃などの活動に参加できる。

ジム
ジムは、自分のポケモンと相手チームのポケモン同士で試合ができるバトル拠点である。ゲーム内では、様々な場所にジムが配置されている。
ジムは占有チームによって色分けされており、反対に誰にも属していないジムは「無所属のジム」という状態になる。この「無所属のジム」にプレイヤーのポケモンを配置した場合、プレイヤーが参加している味方チームのものとなる。ジムを獲得した味方チームは、協力してこのジムを守らなければならない。また相手チームがすでにジムを占拠している場合は、そこにジムバトルを仕掛けてジムを奪うこともできる。
バトルに勝利すると相手のジムの名声(HPのこと)の値が下がっていき、ゼロになると「無所属のジム」になる。味方チームのジムでは、ジムに配置されたポケモンをトレーニング(GOという名のボタンを押すだけ)することができ、「名声」の値とジムのレベルを上げることができる。ジムのレベルが上がると、より多くのトレーナーがジムに所属し、ポケモンを配置できるようになる。1人のトレーナーが1つのジムに配置できるポケモンは1匹のみ。
味方ジムを防衛し続けると、チームリーダーから最短で21時間ごとにポケコイン(1ジムにつき10コイン)などの報酬を獲得できる。

メダル
ゲーム内には様々なチャレンジの機会があり、達成すると「メダル」を入手できる。獲得したメダルは、プロフィール画面で見ることができる。またメダルのランクアップで、狙ったタイプのポケモンが捕まえやすくなる。

ポケコイン
有料アイテム。ポケモン出現率アップなど、ゲームを有利に進める事のできるアイテムを購入できる。

相棒ポケモン
持っているポケモンから相棒を選ぶことができ一緒に歩くことでアメをボーナスとして手に入れることができる。相棒は変更可能。

デイリーボーナス
毎日ポケモンを捕まえたり、ポケストップを訪れたりすると、ボーナスとしてXP(経験値)(9)や「ほしのすな」、特定のポケモンの進化に必要な道具等がもらえる。

新種ポケモンの追加
第一世代のメタモンは伝説系のポケモンでもなく普通のポケモンであるが、変身という特殊な技を持っていることから遅れて単体で追加された。第二世代(金銀)のポケモンが追加された時には、まずは2016年12月に第一世代のポケモンの進化前をメインとした「ベイビィポケモンの卵」という形で追加され、その後2017年2月17日にすべてのポケモンの第二世代が追加された。今後も第三世代などいろんな形で時間をかけて追加して行くのだろう(ポケモンの解説は、「ウィキペディア」の記事に依存している)。
ポケモンGOの発売当初は、このゲームに関する売上高や利益等々の財務数値がそれなりに公表されていた。しかし、2017年に入って、この種の数値を入手することは困難になっている。理由はよく分からない。おそらくは、グローバルに展開するIT関係企業の常として、「タックス・ヘイブン」(税逃避地)を上手く使っているのであろうが、破竹の勢いとして喧伝されているわりには、具体的な数値は入手し辛い(10)。
今後、日米間でこのゲームを巡る課税権で外交交渉が行われることになるであろう。現在、進行している「ポケコイン」を「通貨」として認定するのかどうかも、この課税問題を孕(はら)む法的な争点になるだろう(11)。


5. 国家がギャンブル税収にのめり込んだ歴史

スマホ・ゲームは、広い意味において、一種のギャンブルである。しかも、収益は莫大なものである。国家からすれば、この収益に課税することで国庫が潤うとの意識から、スマホ・ゲームを膝下に置くことが大きな政策目標になるであろう。
歴史的には、権力によって禁止され続けたギャンブルが、国営化されるようになったのも、莫大な経費を必要とする「大きな国家」が出現したことによる。
現在、世界のどの国家も、大ギャンブル場を国内に誘致しようと懸命である。そこから上がる税収が目当てであることは言うまでもない。
大阪府・市は、2017年2月6日に、大阪湾の人工島「夢洲」(ゆめしま、大阪市此花区)を国際観光拠点とする「夢洲まちづくり構想案」をまとめた。2024年ごろの誘致を目指すカジノ併設の「統合型リゾート」(IR)として娯楽施設も建設する計画であり、その方針は、ほぼ現内閣によって承認されている (http://www.nikkei.com/article/DGXLASJB06H7D_W7A200C1LDA000/)。
ギャンブル禁止の歴史が転換を迎えたのは、フランス革命後期の革命政権が、ギャンブル場を認可し、そこに課税を開始してからである。為政者はそこから入ってくる莫大な収益に手を付けなくなったのである。

英国の競馬
英国には、数多くの「ブックメーカー」と呼ばれる政府公認の賭け屋がある。「ターフアカウンタント」とも呼ばれる彼らの原型は、1795年にロンドンの北東部、サフォーク州にある「ニューマーケット競馬場」で「ハリー・オグデン」が始め、それを真似る業者が相次いだが、1845年には競馬を対象としたギャンブルを禁止する法律が成立した。しかし、違法行為になってはいたが、ブックメーカーは無数に出現し、結局、1960年に政府の許可制にした。
現在、老舗ブックメーカーとして名高い1886年創業の「ランドブローカーズ」や1934年創業の「ウィリアムヒル」は違法時代から営業していたのである。1974年創業の「ベット365」は英国の非上場企業の中では上位10社に入るほどの巨大会社である。競馬の本場の英国ですら、公然とした賭けは1960年になってやっと公認されたという史実は特記されるべきことである(http://caislean-oir.com/bookie-history.html)。

米国のカジノ
米国のカジノはその最たるものである。カジノ都市、ラスベガス市では、サービス業に従事する26万4,000人のうち、61.3%がホテル、カジノ、リゾート関連従事者となっている。ラスベガスの税収の半分以上はカジノ収入によるものである。
現在のカジノの原型は、18世紀のルイ15世の時代に現れた。カジノの語源はイタリア語の「カーサ」である。「カーサ」とは、もともとは、保養地にある小さな家という意味であったが、次第に集会所、会議室、娯楽室を指すようになり、現在ではギャンブル場という意味になっている。
カジノ業界は、1990年代中頃から大きく変化した。米国でのカジノに対する規制緩和が行われたのである。
それまで、米国では、ラスベガスのあるネバダ州と、アトランティックシティのあるニュージャージー州でしか、カジノは許可されていなかった。しかし、90年代に入り、全米50州のうち、24州でカジノが合法化された。また、インディアンへの補助政策として、カジノに対する優遇制度があり、インディアンは無条件にカジノを開設できるようになった。以後、米国でのカジノは、増加の一途を辿っている (http://www.mm-labo.com/culture/history/gambling/に依拠)。

オンラインカジノ
PCやスマホを使ってネット上で遊べるカジノを「オンラインカジノ」という。インターネットにつながっていればどこでもプレイできる。
オンラインカジノの最大の特徴は、本場のカジノと同じように、実際に現金を賭けることができるという点にある。
オンラインカジノは数あるギャンブルの中で、もっとも稼ぎやすいものであると言われている。しかも、ほとんどのオンラインカジノでは無料プレイゲームが用意されている。極めて危ないギャンブルがオンラインカジノである。  オンラインカジノは、日本ではまだ違法である。しかし、海外の企業が運営し、海外にサーバーが置かれているオンラインカジノであればプレイできる。逆に言えば、海外の運営会社が提供するオンラインカジノに興じているかぎり、日本では取り締まる法律はない。現実に、日本語対応のオンラインカジノが多数存在しているし、それにつられて日本人が海外でプレイしても、日本の警察に捕まることはない。
英国では、オンラインカジノのCMが日常的にテレビで流されたり、雑誌に掲載されている。店舗も町中に多数ある。
オンラインカジノでは、「スロット」、「ルーレット」、「ブラックジャック」、「バカラ」「ビデオポーカー」など、ランドカジノ(本場のカジノ)と同じゲームが提供されている。
リアルタイムで、本物のディーラーと画面を通じてプレイできるものが、「ライブゲーム」である。オンラインでありながら臨場感のあるゲームである。ラスベガス風、パリ風、マカオ風など様々なテーブルを選ぶことができるものもある (http://vegasdocs.com/begin/what.html)。
オンラインギャンブルには無神経であった米国政府も、2006年、一度は、「オンラインギャンブル禁止法」を成立させ、それに基づいて、07年、仮想世界サービスの「セカンドライフ」が提供していたギャンブル的なすべてのゲームを禁止した。「米連邦捜査局」(FBI)が、たとえ仮想世界でのやり取りであっても、ゲームは違法であるとの認識を示したのである。
問題になったのは、ゲーム内で使われている「リンデンドル」という名の仮想通貨が現金と交換されていたことである。自由にサービスを提供できる空間に現金の取引が生まれると、そうしたゲーム内では必ず、射幸性が煽られることになるとの判断が示されたのである。
ところが、オバマ政権になって以降、米国では、こうした解釈が大幅に変えられようとしている。
2011年12月、米司法省は、議会からの強い圧力に応える形で「2006年ギャンブル法」の解釈を修正し、この法律の枠内でも、「オンラインギャンブルは可能である」という方針を打ち出した。背景にはIT(情報技術)企業を協力に後押しするオバマ政権の性格があった。
米国では、州単位でギャンブル(カジノ)の合法性が決められる。オバマ政権が成立する前までは、多くの集でオンラインカジノは合法ではなかった。しかし、いまや、オンラインカジノを合法化する州が増えつつある。コロンビア、ネバダ、ニュージャージー、アイオワ、などの州が一斉に合法化に向けた準備を始めており、さらに10の州がそれに追随するものと観測されている。
背景には財政難に苦しむ多くの州が、オンラインカジノの認可で税収の大増加を期待していることがある。
「米国デジタルゲーミング」という調査会社がある。2012年にカリフォルニア州でオンラインカジノが認可された場合、ここからの税収が15億ドルに達すると試算している。多くの州が財源確保に苦しむ中、これらの税収は高速道路の補修や教育、医療など様々な財源として使えるだろうと言うのである(Alexandra Berzon, "Venture Bets on Chance Online Gambling Comes to U.S." Wall Street Journal, June 20, 2011)。
この動きに呼応して、いち早く体制を整えているのが、「フェイスブック」上でソーシャルゲームを提供しているゲーム会社の「ジンガ」である。
ソーシャルゲーム最大手で2億6,000万人ものユーザーを抱える同社の「マーク・ピンカス」CEOは、2012年2月に、「現実の通貨によるギャンブルと、仮想アイテムを利用するソーシャルゲームとの相性は完璧だ。現実のカジノで起きていること以上に、多くのことを(オンラインゲーム業界の)我々に期待してもらってよい」と明言したという。
オンラインカジノにゲーム会社が殺到しだし背景には、既存のゲームの人気が日々短命化してきた焦りがある。
「ジンガ」の看板タイトルで「都市」を育てる「シティヴィレ」など、自社開発したゲームは、どうしても寿命が短い。2010年にリリースされた「シティヴィレ」は、ピーク時には月1億人に迫るユーザーを得るほど人気があったが、1年後には、月間アクセスユーザー数は3,800万人にまで落ちた。どのゲームも同じ軌跡を描いている。リリース直後には一時的に話題を集めても、すぐに人数は減少している。
ところが、「ポケモンGO」のようなシンプルなゲームの寿命は長い。ジンガでも、「ジンガポーカー」がそうである。月間ユーザーが3,000万人程度の小規模でも安定した状態を維持している。つまり、ソーシャルゲームで継続的に遊ぶユーザーは、古典的なカードゲームのようなシンプルなものを求めている可能性が高い。
単純なゲームでよい。しかし、売上げを爆発的に増やしたい。その結果、登場しているのが、「一か八か?」の単純だが、たまに大儲けできるように設計された、「射幸心」を刺激し続けることができるオンラインカジノである。これは、手を替え、品を替えて、ユーザーの欲望を刺激すべくSMを駆使するのである(この技術がゲーミフケーションと言われるものである)。
ジンガの競合会社であるスロットマシン製造会社「インターナショナル・ゲーム・テクノロジー」は、フェイスブック向けカジノゲーム開発に勤しむ「ダブル・ダウン・インタラクティブ」を2012年1月に5億ドルで買収した。「インタラクティブ」社は、それまで25種類のカジノゲームを開発し、月間550万人のアクセスユーザーを集める、社員数85人のベンチャー企業だった。
このように、オンラインカジノゲームの買収が、オンラインギャンブル合法化の流れを不可避なものにしてしまっている。  米国におけるオンラインカジノの合法化の流れを取材した「新清士」(しん・きよし)氏は述べる。
(インタラクティブ社の)「ゲーム内では、本物のカジノの会場にいるような音楽が流れ、フェイスブック内で遊んでいるにもかかわらず、欲求を刺激されるような奇妙な気分になる。スロットマシンでは、賭け金を設定して、オートのボタンを押していると、いくらでもゲームが進んでいく。ちょっとは『当たる』ものの、手元の資金は少しずつ減少していく。遊んでいるうちに『ジャックポット』(他のプレイヤーが失ったお金の一定額が積み上がった、莫大な額)が当たるようにと、願うような気分が頭のなかに浮かんでくる。
いったんゲームを休むと『無料で毎日遊べます』とDJ風の音声が素早く入る。仮想通貨を使い果たすと、購入するか、翌日にアクセスすると無料で少し追加される仕組みだ。
現在の状態では、違法行為になるため、仮想通貨を現実のお金に換えることはできない。オークションサイトでの取引も法律に抵触するため、eBayなどの大手サイトでも、『仮想通貨や仮想アイテムの出品や取引は認めない』と注意事項が表示されている。
しかし、オンラインカジノが解禁されると状況は劇的に変わる。
類似のギャンブルゲームは次々にフェイスブック上に登場しつつあり、もちろん、どの企業も解禁時期を狙っている。
調査会社の「コンタゲント」が、一般的なソーシャルゲームに比べて、カジノゲームは「1人当たりの売り上げが40%も高い」という調査結果を明らかにしている。同社の「ジェフ・テセング」CEOは、「同社が同分野での知識やデータサイエンスを駆使することで、『高い熱中性、高い収益性を備えたソーシャルカジノゲームの開発に貢献できる』と豪語している。
米国における合法化の動きには、英国企業が世界に向けてサービスを展開し、資金を集めていることに対抗する意図がある。米国に住んでいても、インターネットを使えば海外のサイトでゲームをすることができるからである。他国のゲームに資金が流れるぐらいなら、国内で正規に制度化して財源にした方がよいとする、それこそ、ナポレオン帝政時代以来のギャンブル課税国家の再台頭である。
上述の新氏は訴える。
「英国のオンラインカジノは、日本からもプレイすることができる。厳密にいえば、日本の法律上は違法である。しかしネットという国境を越える仕組みがある以上、現状では具体的な禁止策を講じることは難しい」、「今後、米国での合法化が実現すれば、オンラインギャンブルを展開している各社はもちろん、プラットフォームを提供するフェイスブック、さらにはアップルなどスマートフォンを扱う企業にとっても重要な収入源へと変わる可能性が高い」、「これは米国が法律的な裏付けのある『合法的なRMT制度』(12)を整備する動きだと言い換えることもできる。そして日本にもネットを通じて、いや応なく、サービスが流れ込んでくる可能性は十分にある(新清士「米国発『オンラインカジノ合法化』のインパクト」『日本経済新聞』2012年5月16日付電子版)。


おわりに

日本では、2017年7月11日「共謀罪法」が施行された。2016年12月1日の「通信傍受法」施行直後にこのものすごい法律が施行されたのである。
スマホをインターネットにつなげばすぐに個人情報が外部へ流出する。閲覧したウエブ・サイト、クリックした広告、入力した言語データはみな閲覧履歴として、グーグルなど大手通信会社のデータ・ベースへ流れていく。セキュリティソフトをインストールすれば、すぐ米マイクロソフトなどコンピュータ大手にも情報は流れる。家族や友人、知り合いと電子メールや、携帯メールでやりとりした内容、フェイスブックやツイッターなどSNSやメッセージアプリを使った通信はすべて通信データとして残り、情報当局に把握されている。
スマホを携帯して、ただ街を出歩くだけでも、携帯電話会社は、その気になればいつでも、最寄りの基地局に入る電波を基に、その人の現在地を特定することができる。スマホを使えば、電話をかけたり受けたりした相手の電話番号、やりとりの内容、通話時間が電話会社の履歴に残る。  GPS機能がついていれば基地局より詳細な位置情報が筒抜けになる。位置確定の精度は、基地局が半径600㍍、GPSになると5~8㍍である。その精度は、ユーザーが、「ポケモンGO」に夢中になってあちこち歩き回ってくれればくれるほど、高まる。「ポケモンGO」は、人々の位置情報をさらに精確なものにする必要性から、情報当局の期待を一身に集めていると見なしても誤りではないだろう。
サン・マイクロシステムズ(現在オラクルに吸収)の「スコット・マクネリー」CEOは、1999年段階で豪語していた。
「どっちみちプライバシーはゼロだ。それを前提に行動するしかない」と。
コンビニや店で物を買えば、その記録も自動的に残っていく。近年はそうした購買記録や顧客情報を匿名で販売する会社も増えている。
こうしてあらゆるものにコンピュータが埋め込まれる動きに拍車がかかっている。 現在地球上にあるインターネットと接続した機器は約100億台と推計されるが、IOT機器が増えれば、あらゆる物がインターネットと連動した監視ツールの目や耳となることを意味する。
暗号研究者「ブルース・シュナイアー」氏(ハーバード大学法科大学院フェロー)は警告している。
「NSAと英国の政府通信本部(GCHQ)も位置情報を監視の手段として用いている」、「NSA内の二つのデータ・ベース"HAPPYFOO"と"FASCIA"には、世界中の端末の位置情報がごっそり記録されている。NSAはこれらのデータ・ベースを使って対象者の居場所を追跡したり、誰と接点があるかを調べている」と。
(『長州新聞』http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/ribenseinokagedehirogarukansimou.htmlに依拠した)。




(1) 「クラッシュオブクラン」は、「スーパーセル」によって開発、運営されているスマホ向けオンラインゲーム、略称「クラクラ」。 2012年8月2日に「iOS」版が、2013年10月8日に「アンドロイド」(Android)版が公開された。基本プレイは無料だが、ゲーム内のアイテム入手は有料。
自分の村を発展させながら、他の村を襲撃し、世界中のプレイヤーとランキングを競うゲームである。プレイヤーはクランと呼ばれる最大50人からなるチームに属することができ、同一クラン内のメンバー同士で援軍を送り合ったり、クランランキングを競うことができる。コミカルなキャラクターが特徴的。

(2) 「白猫(しろねこ)プロジェクト」は、「コロプラ」が2014年以降、世界に順次配信した「iOS」と「アンドロイド」用のゲームアプリで、略称は『白猫』。基本のプレイは無料だが、アイテム取得には課金される。

(3) 「白猫」ゲームで使われる強力なアイテム。後述の「ガチャ」を回すのによく使われる。ゲームで入手できるが、課金を払って購入する場合が多い。

(4) 基本無料ダウンロードのスマホアプリにおいてアイテムやキャラを得るために「コイン的なもの」を複数使ってやる「福引き」。狙ったアイテムが1回で出ることもあるが、何回挑戦しても外れる場合もある。まさに「ガチャガチャポン」。珍しいアイテムやキャラの当たる確率は明記されていない。「コイン的なもの」というのは、ゲーム内で獲得できるが、ゲーム内でしか使用できない「疑似通貨」であるという意味。多くは現金で買う。
問題は、基本的に無料であるゲームが利益を出すには、このような「ガチャ」を使うのがもっとも手っ取り早いという点にある。ユーザーは、欲しいキャラを得るために、多額の現金を投入してしまう。これが「課金される」ということである。ゲーム開発者はこの「課金」を有力な収益源にしている.

(5) 敵のキャラクターに与えた打撃によって、そのキャラクターが受けるダメージを数値化したものを「ヒットポイント」 (hit point、HP)という。最初の「ロール・プレイング・ゲーム」(RPG、プライヤー達が、各自に割り当てられたキャラクターを操作し、ゲーム内で設定されている試練を乗り越えて目的の達成を目指すゲームで、空想上の世界で物語の登場人物のように活躍できるという内容のもの)である「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(D&D、1974年米国で発売)がこの方式を採用し、以降、同種のゲームのほとんどで採用されている。日本では「ドラゴンクエスト」(1986年発売)が大ヒットして以来、「ヒットポイント」は流行語になり、ゲームに親しんだ世代では、現実の健康状態や体力をヒットポイントで表現するジョークが使われている(https://togetter.com/li/415350)。

(6) 「LINE Pay」の公式HPでは以下の広告文が掲載されている。
「あなたにも友だちにも300円!招待すればするほどオトクな『LINE Pay カード招待キャンペーン』開始!」、「LINEが提供するスマホのおサイフサービス『LINE Pay』」、「LINE Pay残高をザクザク貯める最高のチャンス『LINE Pay カード招待キャンペーン』が始まりました!」、「参加方法は、LINEのトークで招待メッセージを送信するだけ」、「招待する人数に限りはなし!招待すればするほど、残高GETのチャンスです」、「LINE Pay カードって?」、「JCBのお店で使える、誰でも持てるプリペイドカード。コンビニやスーパー、ドラッグストア、居酒屋、カラオケ店、ネットショッピングなどなど、JCBが使えるたくさんのお店で使え、すべてのお会計で2%のポイントがつきます」 (http://official-blog.line.me/ja/archives/66151673.html)。LINE系のゲームには、この仕掛けが広く採用されている。

(7) アメーバブログ(アメブロ)は、2004年に「サイバーエージェント」がサービスを開始し、現在では、日本で第1位の規模のブログサービスであるとされている。マスメディアと連携し、ユーザーを増やしてきた。
実録鬼嫁日記』や『きらきら研修医』はブログが書籍化され、後にテレビドラマ化された。芸能人や有名人など「タレントブロガー」の多さも売り物である。ミスキャンパスのブログ、芸能事務所ごとのブログスペースなどを設けている。「原宿アメーバスタジオ」を持ち、毎回著名ゲストを呼んで公開生放送によるウェブ配信を行い、ブログと連動させている。
アメーバブログの管理ページに、「マイページ」というものがある。 そこで、ブログのランキング、読者登録したブログの記事などを確認できる。
自分が記事を読んだことをブロガーに対して伝える機能を持つ。一度クリックするだけで自分のIDが名簿に追加される。ブログの管理者による「コメント監視」によって、ブログが炎上するのを防ぐ行為がしばしば批判されている(ウィキペディアより)。

(8) スタートアップ(startup)という英単語には「行動開始(の)、操業開始(の)」などの意味があり、日本のビジネスの場では「立ち上げ」や「起業」などの意味で使われている。ビジネスの場で使うスタートアップという言葉はシリコンバレーからきたもの。日本ではスタートアップを「比較的新しいビジネスで急成長し、市場開拓フェーズにある企業や事業」として使われている。「非常に高い率で成長し続けるビジネス形態」であれば、会社の規模や設立年数は関係なくスタートアップという。スタートアップする起業家は、いままでにないイノベーションを起こし世の中を変えること、を目的としていると言われている(https://hataraku.vivivit.com/works/startup)。

(9) XPは、「Experience Point」の略。XPを稼ぐことで「トレーナーレベル」を上げることができる。①ジムに参加しやすくなる。②ポケモンのCPの上限がアップする。③強い個体が出現するようになる。④使えるアイテムの種類が増える、等々。
①陣取りゲームなので、自分のチームカラーのジムを増やしていくことが目的の1つになっている。ジムバトルに勝つことで、ジムに自分のポケモンを配置できる。敵の攻撃からジムを防衛することでポケコインがもらえる。
②手持ちのポケモンのCP(コンバットポイント)の上限がアップすることで、ジム戦に有利となる。
③いままでより強いポケモンを手に入れることができるようになる。同じポケモンでもそのポケモンの個体上限値に近いものがゲットできる。
④ゲームでは、最初からすべてのアイテムをバトルで使えるわけではない。レベルが上がるにつれて使えるアイテムの種類が増えるシステムになっている。ポケストップでは定期的にアイテムを貰えるが、レベル8以上でポケモンを捕まえやすくなる「ズリのみ」といったものも使えるようになる。

以下、XPの取得値一覧
ポケモンをゲット(100)、図鑑に載っていない新しいポケモンをゲット(600)、カーブボールでゲット(10)、ナイススローでゲット(10)、グレートスローでゲット(50)、エクセレントスローでゲット(100)、小さいポケストップに行く(50)、大きいポケストップに行く(100)、初めてポケモンを進化させる(1,000)、ポケモンを進化させる(2回目以降、500)、卵を孵化させる(2キロ=200、5キロ=500、10キロ=1,000)、ジムでトレーニングを行う(50)、ジムにポケモンを配置(50)、ジムバトルを行う(100)、ジムバトルで相手を倒す(2体目以降、100)、ジムバトルで相手を倒す(1体目、150)。手持ちのポケモンのステータス画面を開くと、一番下に「博士に送る」というボタンがある。この操作を選択すると、ポケモンの「アメ」に加えてわずかながらXPが手に入る(http://caldia-village.com/poke-go-xp-get/)。

(10) 懸命になってネットで検索したが、信頼に足りる数値は以下のものしか検索できなかった。 ①一日当たりプレイヤーの数500万人(2017年4月4日)、②月刊利用者数6,500万人(2017年6月19日)、③1日ダウンロード回数7.5億回(2017年6月8日)、④発売初日の収入3.9~4.9百万ドル、⑤一日当たり平均収入2百万ドル(2016年11月1日時点)、⑥ダウンロード数5千万回に達するのに19日間、⑦6億ドルを稼ぎ出すのに掛かった日数90日(ゲームの世界では、過去もっとも短期間の達成)(http://expandedramblings.com/index.php/pokemon-go-statistics/)。

(11) ポケモンGOの「ポケコイン」は事前にユーザーが現金で購入するアイテムである。これについて、2016年8月31日、「金融庁」が、「資金決済法」上の「前払い式支払い手段」に該当すると見なし、「ナイアンティック」社から聞き取り調査をした。この「前払い式支払い手段」(ICOCAのような電子マネー)に該当するとポケコインは仮想通貨と認定されることになる。まだ決着はついていないが、2016年10月20日時点で、ポケコインが通貨に当たるとの決断を金融庁が用意し始めていると観測された。
ポケコインが仮想通貨に認定された場合、ポケモンGOのサービス終了時にポケコインの残高が返金されるなど、ユーザーにとって保証が付く(http://pokemongo-news.com/pokecoin/kasoutuuka)。

(12) RMTとは、オンラインゲームなどで、ゲーム内アイテムなどの「仮想通貨」や「仮想財産」を現金で売り買いする行為。「リアルマネートレード」(Real Money Trade)の略。
サイトを立ち上げて取引しているプレイヤーもいるが、この行為を公式に認められているゲームはない。「ウルティマオンライン」(UO)のように黙認状態のサービスにおいても、公式HPに「自己責任で行うように」との一文がある。
RMTによる現金化を目的として他人のゲームアカウントに不正アクセスし、アイテムを盗み出して転売するといった事件が発生し、逮捕者を出している。韓国では「住民登録番号制度」の関係から減少傾向にあるが、ゲーム内通貨や経験値を現金化や現金価値を想定して効率化して稼ぐようになってしまい、獲物をめぐって戦いになるという弊害が指摘されている(http://d.hatena.ne.jp/keyword/RMT)。


補足

獲得したい反省的知性
1. 権力による歴史の捏造を許さない知性


日本はもとより、米国でも、最近の若い人たちの中でアルファベットを筆記体で書ける人が少なくなってしまった。
以前の日本では、筆記体は、原則必修であった。日本の中学校では、長い間、「ブロック体」(活字体)と「筆記体」の両方が教えられてきた。1962年の文部省「中学校学習指導要領」には、「アルファベットの活字体及び筆記体の大文字及び小文字」を学習させるべきであると明記されていた。
しかし、2002年の同「要領」からは、筆記体は、学習されるべき字体ではなくなった。現場の教師の裁量で筆記体を教えてもよいという奇妙な文言が付されたが、以降、若者たちは、筆記体を書かなくなった 補足(1)。
アルファベットの筆記体だけではない。現代の日本人の多くは、戦前の草書体を読めない。古文書の類いはおろか、床の間の掛け軸や、道端の石碑1つを読むことができないのである。
これは、スマホに依存する人たちが爆発的に増えたことに起因すると考えられる。私たちの周囲から、文字を手書きで書く習慣がますますなくなりつつある。その余波で、漢字を書くことはおろか、読めなくなっている人が増えてきた。
いまより40年も前の1947年(出版は1949年)に書かれたジョージ・オーウェルの『1984年』は、音声認識装置のある今日の状況を見通したかのように、日記を手書きで書けなくなってしまった主人公(ウィンストン・スミス)の困惑を描いている。
「彼は手書きに慣れていなかった。とても短いメモ類は別として、何でも口述すれば印字できる器械に頼るのが普通だった」(Orwell[1949]、邦訳、15頁)。
日記には、権力者たちによる歴史の捏造を阻止する力がある。正しく記された日々の記録は、歴史の真実の証言となる。権力者は、自分に不都合な過去をねじ曲げる衝動を持つ。
読み書き能力の低下は、社会と歴史への人々の関心を失わせる。いまの日本で、そのことが実際に進行している。歴史を正しく認識する能力を再度獲得すること。これが、これからの私たちの課題である。

2. 思考内容を操作されないために
オーウェルの『1984年』では、「人民の敵」とされた陰謀家(エマニュエル・ゴールドスタイン)を憎む「憎悪の2分間」が、職場、家庭、街角の至る所に設置された「テレスクリーン」で放映される。すべての市民は、この時間に憎悪をたぎらせることを義務づけられている。この「人民の敵」の実物を実際に目撃した人はいない。しかし、現実に、「人民の敵」が仕掛けたとされる爆発事件は頻発している。
「テレスクリーン」では、「人民の敵」の大写しと並んで、敵国軍隊の行進の画像が流される。「憎悪の2分間」で、30秒も経たない間で、テレスクリーンに見入る人たちから怒号が湧き起こる。「憎悪の2分間」に嫌々ながら参加していた醒めた人も、そのうちに、洗脳され、周囲の人々と同じ怒号を発する精神状態に作り替えられてしまう。
「憎悪の2分間」が経過すると、画面は「ビッグ・ブラザー」という権力者(これも実物を見た人はいない)の慈愛に満ちた顔に変わる。ここで、人々は、「我らの指導者、ビッグ・ブラザー」に寄り添う心を醸成させられる。個々人の感情は消えて、集団ヒステリーに同化する。顔付きも全員同じものになってしまう。
小説の主人公は日記に書いた。
「未来へ、あるいは過去へ、思考が自由である時代へ、個人個人では異なっているが人がそれぞれ孤独ではない時代へ、真実が存在し、なされたことがなされなかったことに改変できない時代に向けて。画一の時代、孤独の時代、『ビッグ・ブラザー』による独裁の時代から、・・・挨拶を送る。」(同上、45頁)
なんといまの日本の状況に似ていることか?第二次世界大戦で日本軍がアジアの人々を蹂躙してしまった過去は、記録から消されようとしている。公務員たちは有力政治家の意に反することができなくなっている。森友(もりとも)学園の問題も、加計(かけ)学園の真相は、元高級官僚の反乱や、大衆の抗議行動にもかかわらず、隠蔽された。そして、2017年6月15日(樺美智子さんの命日)午前7時46分、多数決の暴挙で、「改正組織犯罪処罰法」(共謀罪法)が成立した。この法律の恐ろしさは、「あいつは赤だ!」、「非国民だから除け者にしよう」という雰囲気を世間に作り出し、人々を相互監視の世界に導く権力側の意図にある。
小説の主人公は日記に書いた。過去、「プライバシーや愛や友情が存在していた時代」はあった。「そうした時代にあっては、家族が互いを支え合うのにその理由を知る必要などなかった。・・・今日では、そうしたことは起こりえない。今日あるのは恐怖であり、憎悪であり、苦痛である。気高い感情や複雑な悲しみは存在していない。」(同、49~50頁)
小説では、権力を握る組織が、スポーツと犯罪と星占いなどの低い水準の記事しか掲載していない新聞や雑誌を発行し、煽情的で安っぽい、セックス描写だらけの小説やポルノ映画を大量に生産している。そうしたメディアほど、強烈な愛国精神を市民に呼びかけている.
『1984年』の世界は、今日にも通じる。権力の怖さに無関心な娯楽文化が人々を魅了している。このままでは、ますます、権力の横暴がまかり通る社会になることは必定である。こうした流れを食い止める力は、組織のボスに盲目的に従うことを拒否する確固たる信念である、人間の心の豊かさをに基礎を置く高い志である。

3. 専制的権力を産み出さない知性
『1984年』は、革命成就後の権力の抑圧性を叙述した。過去の反体制勢力は、真に平等な社会の実現をつねに運動の目標にしてきた。しかし、革命運動の指導者は、権力を持ってしまった後には、カリスマ的独裁者に転化してしまった。これが、哀しい過去の偽ざる歴史的事実である。
『1984年』は肺腑を抉り出す叙述で独裁政権の恐怖の到来を警告している。それは決して資本制讃美者による俗悪な紋切り型のスターリン批判ではない。オーウェルは呻く。歴史の冷厳な事実は、階層間の入れ替わりはあるが、三層(上、中間、下の各層)構造はつねに再生産されてきたとことであると(同、309頁)。
「社会主義」国家が成立する前は、中間層である革命家集団は、「自由」、「正義」、「友愛」といったスローガンで既成権力打倒の戦いを継続してきた。しかし、社会主義になってからの権力者たちは、口先だけで、古いスローガンを唱えるが、過去と同じように、上層に成り上がった自らの権力を維持・拡大する方向に勢力を注いでいる。
機械の発達によって、真の平等は実現可能な段階にある。しかし、そうしたことが実現してしまえば、上層は権力を失ってしまうと、小説は言う。
『1984年』時点では、権力者にとって、「人間の平等は、もはやそれを目指して努力すべき運動ではなく、避けるべき危険となっている。」(同、313頁)
革命後の権力が作り出した世界は、「無知」、「貧困」、「差別」の拡大であった。それが権力の基盤となった補足(2)。
「公正で平和な社会など実際にはありえなかった原始的な時代には、それを信じるのはかなり簡単なことであった。悪法がなく、野蛮な労働もない社会、人間が友愛で結ばれた状況で生きて行ける地上の楽園が実現されるという考え方が、何千年にもわたって人間の夢となっていた。」(同頁)
しかし、それは幻想であった。「この幻想は、歴史的な変化があるたびに、一定の利益を得てきた人々をも虜にしてきたものである。」(同、314頁)
フランスの「人権宣言」、英国の「マグナカルタ」、米国の「奴隷解放宣言」は、人間の平等を求める人々の魂の拠り所になっていた。「人権」、「平等」、「自由」は必ず実現される真理だと多くの進歩的な思想を持つ人々が信じてきたものである。
「しかし、20世紀も40年を過ぎる頃には、政治思想の主流はもっぱら権威主義に関するものばかりになってしまった。地上の楽園は、まさにそれが実現可能となったその瞬間に、誰も見向きもしないものになっていた。」(同頁)
「新しく台頭してきた貴族階級は、官僚、科学者、技術者、労働組合の幹部、宣伝のエキスパート、社会学者、ジャーナリスト、職業政治家がその大部分を占めている。これらは、元々中流階級に属する給与生活者か、労働者階級の中の上層を占めていた人々で、産業の独占化と統治体制から」結合してきた人々である。彼らは、過去の権力者よりもはるかに権力に魅力を感じ、敵を叩きのめすことに意欲を掻き立てる人たちである(同、315頁)。
この権力への熱意ということが最重要な点である。彼らに比べれば、過去の専制君主たちの統治方法はきわめて非効率的なものであった。かつての権力者たちは、民衆の行動にあまり注意を払わなかった。ところが現在の新しい権力者たちは、民衆のすべてに監視の目を注いでいる。

補足の注
補足(1) 「中学学習指導要領」の英語の取扱については、以下のウエブ・サイト参照。 http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2011/01/05/1 234912_010_1.pdf

補足(2) 『1984年』の中で出てくる反革命の陰謀家「マニュエル・ゴールドスタイン」の著『寡頭制集散主義の理論と実践』のテーマは「戦争は平和なり」、「無知は力なり」であった(同、285~332頁)。
ジョージ・オーウェルは、自由を直視する「社会主義者」で、スペインの「反フランコ」の戦いに参加していた人であった。

補足の参考文献
Orwell, Geroge[1949], Nineen Eighty-four, Secker & Warburg. 邦訳、ジョージ・オーウェル著、高橋和久 訳『1984年(新訳版)』ハヤカワepi文庫、2009年。


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